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ペロペロな知床で、豚が鳴く

ハッ、ハッ、ハッ、ハッ

息遣いが、喉が、鼻が、犬みたいだ。
豚じゃない。

とにかく必死に逃げた。
走って、走って、なお走る。
前のめりになりながら。

慣性で足が止まらない。
いや、恐怖で足が止まらない。
下半身が追いつかなくなりそうだ。

ペロペロは四本足になると、イノシシ並の速さで走れる。
どう考えても、追いつかれる。

強烈な畏怖が、背中をどんどん押し続けた。

不安と緊張で内圧が上がる。
これ以上、膨らまない風船。
そこに情けなさが、キュッキュッと刺しこんでくる。
割れる、今にも割れそうだ。


うあぁ!


粘り腰をする暇もなく、顔面から思いっきり転んだ。
ワイルドな地面の洗礼。
あちこちに張られている、大木の根っこたちに笑われていた。


ハァ、ハァ、ハァ、ハァ


なにがなんだか。
ぐしゃぐしゃ。
顔も心も。
足の指が痛い。
骨折したか。



諦めろ!
ここまでよくやったよ。
こんな知床くんだりで。
もう人生に悔いないだろ?
お前は豚にもなれないんだよ。


まだだ!
馬鹿野郎、諦めるな!
死に物狂いで、這いつくばれ。
お前、人間だろう。
考えられるだけ、頭を使え。


躊躇と躊躇。


はっ!
何やってるんだ。
早く起き上がらないと。


……



ペロペーロ、ペロペーロ
近づくペロペロ。



豚鼻だ。


ぐぉっ、がごっ


ダメだ、うまくできない。
トンカム、助けてくれ……


あぁ、もうっ、
チクショー!


よぼよぼの衝動で、地面を蹴り上げた。
痛めた足を、さらに痛める大失態。


痛い!痛い!痛い!痛い!


自業自得すぎて、ひとり笑っていた。
……笑えるんだな。
ヒトなんだなと思った。



ガサガサ



!!!



震える唇を強く結んだ。
ただただ祈りながら、耳を澄ます。



……



気のせいか。



ガサガサ



……



硬直した身体のまま、周りを目で追う。
首をそっと回す。
右に。



いない……



今度は左にゆっくり回す。
斜め前の茂みの奥。



あぁ……



やっぱり、ヒグマ……



膝がお疲れさんと、見事に崩れた。
そして、手をついて、四つん這いになった。
ダメだ、もう動けない……

仲間たちの顔が浮かんできた。
ヒグマにやられた悲惨な姿。
ああなるのか。


できることは、豚鼻くらいか。
よしっ、ヒグマ。
お前に聞かせてやる。

手のひらと膝を地面にめりこませた後、
腹筋を固くして、肛門をキュッと締めた。
そして、狩られる最期の叫びだと、
思いっきり鳴いてやった。



ブヒ〜〜〜〜〜〜



あれ、できてる?


湧き上がる興奮。
涙腺と鼻腔の洪水警報。
身体が避難を求めている。

今すぐ鳴かないと、もう鳴けない。
もう一度、もう一度だ!




ブヒヒヒヒ〜〜〜〜〜〜



やった!やったぞ!
できたぞ、豚鼻が。



ヒグマに意味があるのか。
むしろ危険では……
そんな理性はいらない。

四本足で、ブヒブヒ言っている。
私はもう豚なんだ。



パァンッ!

パァン、パァンッ!  

知床の森に、銃声が鳴り響いた。
 
 

 
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