メンタルヘルス不調対応とは何か—マネージャーを判断者にしない制度設計
iCAREの山田です。
連載シリーズ第3弾となります。
誰向けの記事か
この記事は、メンタルヘルス不調者への対応に悩む経営者、人事責任者、人事担当者、マネージャー、産業医、保健師・看護師に向けて書いています。
この記事が答える問い
この記事では、次の問いに答えます。
メンタルヘルス不調対応とは何か
なぜマネージャー任せにしてはいけないのか
企業は、制度として何を決めておくべきか
結論
メンタルヘルス不調対応とは、従業員の不調をマネージャー個人の勘や善意で処理するのではなく、事例性、疾病性、就業上の配慮、休職・復職判断を専門家含めた組織として整理する仕組みです。
企業がこの仕組みに取り組むべき理由は、単なる法令対応ではなく、マネージャーを孤立させず、関わるすべての方々が納得をもって問題解決することで、働きやすさを実現するためです。それは、本人の希望と職場の成果や安全、そして組織運営(規律)を両立させるためです。
実務上は、
A: 事例性の記録
B: 産業医への接続基準
C: 配慮と休職・復職フローの3点を押さえる必要があります。
メンタルヘルス不調対応とは何か
メンタルヘルス不調対応とは、従業員に不調が見られたときに、誰が何を見て確認し、誰につなぎ、どのように就業上の判断をするのかを決めておく労務管理・産業保健の実務です。
産業保健の実務では、ここで大切になるのが「事例性」と「疾病性」の切り分けです。
事例性とは、職場で実際に何が問題として起きているかです。遅刻、欠勤、業務ミス、締め切り未達、指示への不履行、周囲とのトラブル、安全上の懸念などが該当します。私は、「規律・安全・成果」の3つで話すことが多いです。
一方、疾病性とは、医学的にどのような疾患や症状があり、それが業務遂行能力にどう影響しているかです。産業医面談では、私は「何の症状が仕事をするうえで妨げになっていますか?」という質問を良くしますが、これが疾病性の確認となります。重要なのは、診断名ではなく症状にあることに注意しましょう。
マネージャーが見るべきなのは、疾病性ではありません。診断名に心揺れ動かされることでも、本人の性格を評価することでもありません。マネージャーの役割は、職場で起きている事実を記録し、必要なルートに報告し、対応することです。
ここを曖昧にすると、マネージャーは「この人は働けるのか」「休ませるべきか」「配慮すべきか」を一人で判断することになります。これは本来、マネージャーひとりだけに背負わせるべき役割ではありません。
要点
この記事の要点は、以下の3つです。
メンタルヘルス不調対応は、マネージャー個人の力量に依存させてはいけない
実務では、事例性の記録と疾病性の判断が混同されやすい
企業は、産業医への接続基準、配慮メニュー、休職・復職フローを先に設計すべきである
判断基準

実務上よく起きる課題
課題1: マネージャーが「本人にどう声をかけるか」だけで悩んでいる
課題2: 不調の兆候があっても、産業医につなぐ基準がない
課題3: 配慮の内容や期間が曖昧で、いつ終わるのか誰も判断できない
現場でよく聞くのは、「メンタル不調の部下がいるのですが、どう対応すればいいですか」という相談です。
この問いが出てくること自体は自然です。しかし、この問いに毎回マネージャーが個別に悩んでいるとすれば、問題はマネージャーではなく、組織の制度設計にあります。
「いつ産業医につなぐのか」
「どこまで配慮するのか」
「働けないと判断するのは誰なのか」
「休職を提案するのは誰なのか」
「復職できるかを確認するのは誰なのか」
これらの答えが用意されていなければ、マネージャーは判断者に追い込まれます。
具体例
たとえば、従業員数300名の企業で、ある部署のメンバーに遅刻と欠勤が増え、業務ミスも目立つようになったとします。
このとき、マネージャーが「うつ病かもしれない」「本人の甘えかもしれない」と考え始めると、対応は複雑化して、難しくなります。なぜなら、それは医学的判断であり、労務判断でもあるからです。マネージャーがそこまで出来ることは期待されていませんし、出来なくてよいのです。
何より重要なのは、事例性の記録です。
「直近1ヶ月で欠勤が3日あった」
「会議への遅刻が4回あった」
「通常であれば発生しない確認漏れが2件あった」
「顧客対応で周囲のフォローが必要になった」
このように、職場で起きている事実を記録します。そのうえで、人事労務と連携して、会社の基準に従って産業医面談につなげます。
産業医は、主治医の診断名だけで就労可否を決めるのではなく、本人の症状、業務内容、職場環境、業務遂行能力、安全リスクを踏まえて、就業上の意見を出します。
この流れがあれば、マネージャーは「判断者」ではなく「報告者」として動けます。これが制度設計の意味です。
企業規模別の考え方

よくある誤解
誤解1: マネージャーがメンタルヘルスの知識を持てば解決する
Bertilssonらの研究では、一般的な精神疾患を持つ従業員への就業上の配慮について、管理職の利用状況と関連要因を検討しました。この研究では、スウェーデンの管理職を対象に調査が行われ、就業上の配慮の実施は、職場環境よりも管理職本人の知識、自信、研修経験などに強く関連していたと報告されています。つまり、制度がなければ、配慮の有無は管理職個人の力量に左右されやすいということです。
引用元:Bertilsson M, et al. Work accommodations for employees with common mental disorders and associated manager-related determinants: a cross-sectional study among Swedish managers. Disability and Rehabilitation. 2024.
だからこそ、企業はマネージャー研修だけで終わらせてはいけません。研修と同時に、配慮の選択肢、判断基準、相談ルート、見直しタイミングを標準化する必要があります。
誤解2: 主治医の診断書があれば会社は判断できる
主治医の診断書は重要です。しかし、主治医は治療者であり、会社の業務内容や職場環境を十分に把握しているとは限りません。
Dewaらの研究では、精神疾患に関連する就労障害の評価が難しい理由として、機能的能力と就労能力の関係を判断する難しさ、標準化された基準の不足、職業情報が十分に得られないことが挙げられています。
引用元:Dewa CS, et al. Clinician Experiences Assessing Work Disability Related to Mental Disorders. PLOS ONE. 2015.
これは企業実務にも直結します。診断書に「就労可」と書いてあっても、実際の業務が長時間労働、顧客折衝、高い判断負荷を伴う場合、そのまま復帰できるとは限りません。逆に、診断名があっても、業務内容を調整すれば就労可能なケースもあります。
したがって、主治医の情報、本人の状態、職場での事例性、業務内容をつなぎ、就業上の判断に翻訳する役割が産業医には求められます。そのために産業医が存在すると言っても良いと私個人は思っています。
誤解3: 配慮はできる限り長く続けた方がよい
配慮は大切ですが、無期限の配慮は、本人にとっても職場にとっても不安定な状態(ダラダラ)を生みます。
配慮には、内容、期間、評価基準が必要です。
たとえば、「3ヶ月間は残業禁止とし、月1回の産業医面談で状態を確認する」「業務量を通常の7割に制限し、1ヶ月後に勤怠・業務遂行状況を確認する」といった形です。
配慮は優しさではなく、就労継続のための設計です。だからこそ、始まりと終わり、見直しの基準を決める必要があります。
関連する法令・制度・公的情報
このテーマに関連して重要なのが、日本ヒューレット・パッカード事件です。
この事件は、精神的不調のために欠勤を続けていた従業員に対し、会社が無断欠勤を理由に諭旨退職処分を行ったことの有効性が争われた事案です。最高裁第二小法廷は2012年4月27日、会社側の上告を棄却しました。判例情報では、事件番号は平成23年受第903号、裁判結果は棄却とされています。
引用元:日本ヒューレット・パッカード事件、最高裁第二小法廷、平成24年4月27日判決。(安西法律事務所 弁護士 木村恵子さんの記事がわかりやすいです)
この判例から実務上読み取るべきことは、精神疾患による欠勤を、ただちに規律違反として処分するのは危険だということです。
もちろん、すべての欠勤が免責されるわけではありません。しかし、精神的不調が疑われる場合には、会社は医師による確認、治療の勧奨、休職制度の検討など、段階を踏んだ対応を行う必要があります。
制度設計がない会社ほど、現場は「無断欠勤だから処分する」「本人が復職したいと言っているから戻す」といった単純な判断に流れやすくなります。ここに法的リスクがあります。
私はこう考えています
私は産業医として、またiCAREで企業の健康管理を支援する立場として、メンタルヘルス不調対応の本質は、マネージャーを判断者にしないことにあると考えています。
マネージャーは、日々の業務を見ています。だからこそ、変化に最初に気づく存在です。しかし、気づくことと、医学的・労務的に判断することは別です。
「最近様子がおかしい」
「ミスが増えている」
「欠勤が続いている」
「チームへの影響が出ている」
ここまでは、マネージャーが見える世界です。
しかし、「就労可能か」「休職が必要か」「どの配慮が妥当か」「復職してよいか」は、マネージャーだけで決めるものではありません。人事、産業医、必要に応じて主治医の情報を組み合わせ、会社として判断するものです。
これからの企業に必要なのは、メンタルヘルス不調対応を「優しい上司の個人技」にしないことです。制度として、仕組みとして、再現性のある運用にすることです。
企業がまずやるべきこと
事例性を記録するための様式・事実を記録として残す
産業医・人事につなぐ基準を明確にする
配慮のメニュー、期間、評価基準を決める
休職・復職フローを就業規則と運用マニュアルに落とす
マネージャー研修では、診断名ではなく「事例性を見る」ことを教える
事実を記録し、決められたルートに報告する。これだけでも、現場の負担は大きく下がります。
まとめ
メンタルヘルス不調対応とは、事例性・疾病性・配慮・休職復職を整理する制度設計である
企業にとって重要なのは、マネージャーを判断者にせず、報告者として動ける状態を作ることである
実務では、事例性の記録、産業医への接続基準、配慮の内容・期間・評価基準を整理する必要がある
産業保健は、法令対応ではなく、働く人とマネージャーの双方を守る経営インフラになっていく
メンタルヘルス不調対応で一番危険なのは、本人を放置することではありません。マネージャーを孤立させることです。
制度設計が不全だと、マネージャーは「この人を働かせてよいのか」「休ませるべきなのか」「どこまで配慮すべきなのか」を一人で抱えます。
しかし、産業保健の仕組みが整っていれば、マネージャーは事実を記録し、人事や産業医につなぐことができます。
マネージャーを判断者にしない。これが、企業のメンタルヘルス不調対応における最初の設計思想です。
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著者プロフィール
iCARE代表取締役CEO。産業医・労働衛生コンサルタント。健康管理総合ソリューションCarelyで、健康管理システム、産業保健DX、健診管理、ストレスチェック、メンタルヘルス対策、健康経営・人的資本経営を支援。
iCAREについて
iCAREは、「働くひとの健康を世界中に創る」をPurposeに掲げ、15年以上にわたり産業保健・健康管理の領域で挑戦してきました。健康診断、ストレスチェック、面談、就業判定などの健康データを集め、価値ある形で活用することで、企業が健康課題を主体的に解決できる仕組みを届けることを目指しています。
