精神障害の労災認定対応—関わる人が知るべき調査と対応プロセス
iCAREの山田です。
連載シリーズ第4弾となります。
誰向けの記事か
この記事は、企業の健康管理、産業保健、労務管理、メンタルヘルス対応に関わる経営者、人事責任者、人事担当者、産業医、保健師・看護師に向けて書いています。
この記事が答える問い
この記事では、次の問いに答えます。
精神障害の労災認定対応とは何か
なぜ企業と産業保健職にとって重要なのか
実務では何を判断し、何から始めるべきか
結論
精神障害の労災認定対応とは、発病した精神障害が、業務による強い心理的負荷によって生じたものかを、「労働基準監督署の調査・認定プロセス」の中で確認していく対応である。
企業が精神障害の労災認定対応に取り組むべき理由は、単なる申請対応やリスク管理ではなく、同じような健康被害を二度と起こさない職場づくりにあります。
実務上は、A・B・Cの3点を押さえる必要がある。
A: 認定基準を理解すること
B: 事実を隠さず調査に協力すること
C: 個別事案を組織改善に接続することである
精神障害の労災認定対応とは何か
精神障害の労災認定対応とは、うつ病、適応障害、急性ストレス反応などを発病した従業員について、発病前の業務上の出来事、労働時間、人間関係、ハラスメント、顧客対応、配置転換などを確認し、業務との関係を整理する対応を指します。
厚生労働省は、2023年9月1日に「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」を改正しました。改正のポイントは、業務による心理的負荷評価表の見直し、精神障害の悪化事案の取り扱いの見直し、医学意見の収集方法の効率化です。
出典:厚生労働省「心理的負荷による精神障害の労災認定基準を改正」

ここで重要なのは、心理的負荷を「強」「中」「弱」に整理する考え方です。これは、基準が十分に明確でなかった時代の混乱を減らし、判断の納得性を高めるための仕組みです。ただし、この評価は「同種の労働者が一般的にどう受け止めるか」を前提にしています。個人差を完全に吸収できるものではありません。

つまり、認定基準は万能の物差しではなく、社会としての最低限の判断軸だと理解する必要があります。
要点
この記事の要点は、以下の3つです。
精神障害の労災認定は、業務による心理的負荷を客観的に評価するために必要である
実務では、個人差と組織要因を分けて整理することが課題になりやすい
企業は、認定対応、原因分析、再発予防という順番で対応すべきである
判断基準

実務上よく起きる課題
課題1: 労災申請が出てから、はじめて職場の問題を調べ始める
課題2: 本人の性格や既往の疾病の話に寄りすぎて、業務上の負荷を直視できない
課題3: 認定されたかどうかだけに関心が集まり、再発予防の議論が止まる
厚生労働省の資料では、対象となる精神障害の発病、発病前おおむね6か月間の業務による強い心理的負荷、業務外の心理的負荷や個体側要因によって発病したとは認められないことが基本的な考え方として示されています。
出典:厚生労働省「精神障害の労災補償について」
具体例
たとえば、外食サービスでは、繁忙期に厨房で指を切る、割れたガラスでけがをする、床が濡れて転倒する、といった労災が起きます。
このとき、「忙しいから仕方ない」と考えるのか、「なぜ同じ時間帯に事故が多いのか」「教育不足なのか」「人員配置なのか」「道具や動線なのか」と考えるのかで、安全水準は変わります。
精神労災も同じです。ある部署で休職者が多いときに、「あの人はメンタルが弱かった」で終わらせるのか、「なぜ同じ業務をしている別部署では休職者が少ないのか」と問い直すのか。この差が、産業保健の実力を分けます。
多くの企業には、すでに問題を減らすノウハウがあります。しかし、その知識が組織内で共有されていない。ここに、労災予防の大きな余地があります。
企業規模別の考え方

よくある誤解
誤解1: 労災認定対応は工場長や人事労務だけの話である
実際には、産業保健職も関与すべき重要なテーマです。医学的な発病、業務上の心理的負荷、職場要因、再発予防を安全衛生委員会で議論してPDCAをまわす必要があるからです。
誤解2: 認定されなければ会社に問題はない
認定されなかったとしても、職場に改善すべき課題がないとは限りません。心理的負荷の「強」「中」「弱」は、認定のための基準です。現場改善では、「中」や「弱」に見える出来事でも、同じ部署で繰り返されていないかを見る必要があります。
誤解3: 精神労災は一部の人だけが知っていればよい
個人情報の保護は当然必要です。しかし、個人が特定されない形で、どの業務、どの時期、どのマネジメント構造で問題が起きたのかを組織で議論することは可能です。
関連する法令・制度・公的情報・研究論文
このテーマに関連する制度・公的情報として、労災保険制度、労働安全衛生法上の安全衛生管理体制、ストレスチェック制度、長時間労働者面接指導、ハラスメント防止措置があります。
「The Workers' Compensation System for Mental Illness in Japan」は、認定基準の3要件と2023年改正の意義を整理しています。1990年代後半の裁判例が制度転換の契機というのも時代を感じさせます。
出典:Journal of Work Health and Safety Regulation, 2024
IT産業の精神障害・自殺の労災認定238件を分析した研究では、男性178件、74.8%、うつ病エピソード150件、63.0%と報告されています。納期対応、障害対応、リリース前後の集中作業、顧客要望への対応などにより、「恒常的な長時間労働」が原因と指摘しています。
出典:「Characteristics of mental disorders among information technology workers in 238 compensated cases in Japan」Industrial Health, 2024
2010年度から2020年度の過労関連疾患の労災補償を分析した研究では、脳心血管疾患2,928件、自殺を含む精神疾患5,099件が労災認定されたとされています。
出典:「Analyzing 11 Years of Workers' Compensation for Overwork-Related Health Issues in Japan (2010–2020)」Journal of Work Health and Safety Regulation, 2024
私はこう考えています
私は産業医として、またiCAREで企業の健康管理を支援する立場として、精神障害の労災認定対応の本質は「責任追及」ではなく「再発予防」にあると考えています。
労災認定のプロセスを理解することは大切です。けれども、それ以上に大切なのは、労災をなくすという情熱を失わないことです。
身体の労災であれば、切創、転倒、火傷、腰痛などに対して、原因を分析し、作業手順、教育、道具、動線、人員配置を見直します。確かに身体よりも難しい点は認めますが、精神労災でも同じです。長時間労働、過大な責任、孤立、ハラスメント、顧客からの強い圧力、管理職の支援不足を、職場の危険源として見ていく必要があります。
安全衛生委員会は、形式的な報告の場ではありません。頻回に起きる労災や重症度の高い労災について、委員を含めて活発に議論し、必要に応じて事業部や役員までレポートし、改善活動につなげる場です。
企業がまずやるべきこと
現状の業務・体制・データを可視化する(仕組みや運用)
誰が何を判断するのか、役割を明確にする(R&R)
まとめ
精神障害の労災認定対応とは、発病と業務による心理的負荷の関係を確認するプロセスである
企業にとって重要なのは、認定結果だけでなく再発予防に接続することである
実務では、発病、業務負荷、業務外要因、記録、改善の5点を整理する必要がある
産業保健は、法令対応ではなく、働く人の健康課題を解決する経営インフラになっていく
関連して詳しく知りたい方へ
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著者プロフィール
iCARE代表取締役CEO。産業医・労働衛生コンサルタント。健康管理総合ソリューションCarelyで、健康管理システム、産業保健DX、健診管理、ストレスチェック、メンタルヘルス対策、健康経営・人的資本経営を支援。
iCAREについて
iCAREは、「働くひとの健康を世界中に創る」をPurposeに掲げ、15年以上にわたり産業保健・健康管理の領域で挑戦してきました。健康診断、ストレスチェック、面談、就業判定などの健康データを集め、価値ある形で活用することで、企業が健康課題を主体的に解決できる仕組みを届けることを目指しています。
