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2024年の振り返りと2025年の抱負#2

2025.1/12 日記2
#1のほうがあまりにもタイトル詐欺すぎる
切り餅と野菜で雑煮を作って一段落したのでまた書きに来た。
2回行動は偉すぎる。


2024出来事振り返り

2024年は死ぬほど頑張りました。できることは大量に増えました。新しい出会いがたくさんありました。非常に賢く、知識を蓄えることもできました。

自分で自分を褒めたいことを羅列していこう。

  • 本格的な脱無職、そしてまあ普通と言える範囲のリズムのある生活

今の職場に就いたのは厳密には去年よりも前だけれども、高校は途中から行かず、大学も途中からいかず、一度経験した正社員も別に続かず、その後も数年間か遊んでたような人間。もらった昼食代で定期券で移動代を削り1日15回くらい音楽ゲームをやるくらいの畜生が、毎日決まった時間に出勤してまともに働けている事実は、びっくり大百科図鑑に載ってもおかしくない。

所属してから遅刻欠勤は大目に見てもらった数回を除いてゼロ。
もうちょっと途中でだめになって雰囲気が悪くなり続かないと予想していたがこれはとても嬉しい事実。

自尊心や自己肯定感はもともと高く、自分の能力は十二分に高いと確信をもって言える人間だった。だからこそ、ゴミみたいな生活をしていた間にいつだって「まともな」社会人たちの心無い言葉が憎くて嫌いだったこともバネになったのかも知れない。
結局自分次第であるし、君らに言われようが言われなかろうがいずれ自分は君たちを追い越す。そんなことを思っていた時代の自分が報われていくような実感が大いに役立った。

  • 自分でも疑うほど年収を稼いだ。お前本当にアルバイトか?

どうやら自分の職場では前例のほぼない珍しいスピード昇進をやっているらしく、割と偉いところまで来れた。

業務内容と量を考えたら悪い意味でまだまだ不釣り合いと思うのだけども、このへんはゆっくり評価されることを待ちたい。
この前の給与明細を年でまとめた総支給額を見て目ん玉が飛び出た。
軽く300を超えている。引かれた額は世間的には年収に含まれるようだから、それを足すと350だ。口角が天井に突き刺さった。

後節でも書くのだが、このへんは反省も多い。
その代わりにとんでもない運動量と肉体精神共に疲労が溜まっているし、1年間ずっと回遊するマグロのように休まず陸上をシャトルランし続けてい多様な状態だった。そこを考えるともっと給料もらっても良かったかもしれないな…

  • 脱実家ぐらし、ちゃんと自立、同居生活

この辺は詳しく書かないが、実家から出て賃貸に住んでいる。
長らく片親の両脚がなくなるまでスネをかじっていたが、もっと余裕ができたらさっさと今までの恩を返したい。

家事や共同生活の難しいところに苦悶しながら同居人といろんな壁を超えていけたらと思っている。お互いに楽したいよね。

  • 体重が60前後という理想状態で落ち着いた

スマートフォンはほぼ身につけていない状態なのにかかわらず、1日15k歩段差400段みたいな生活を続けていたせいで77kgあった体重が1年で60近くまで落ちた。

あれだけ(痩せるタイプの)音楽ゲーム(CHUNITHMとDDR)やっていたけどそいつらはあまり効果がなく、一番効果が出たのはやっぱりまともなご飯と飲むものを水とお茶だけにした状態で毎日これだけ無意識に動く環境に居たということだった。

2年間見てないだけで死ぬほど太ったなお前と中学同期に言われたあとからその人とは会っていないし、次会う頃にはもとに戻っているからびっくりさせてしまうかも知れない。

2025年できるようになりたいこと。

できるようになったことと合わせて具体的に書こうと思ったが具体的な内容が全部仕事内容だらけになってしまうのでやはり抽象的に書く。

  • いくつかの新しいことへのチャレンジ(すでに決まっていること)

ファッション系でいくつか。
-コンタクトつけたい。あと髪の毛セットは覚えたい。

いくつかのコンテンツで収益化(あるいは復帰)
-臨時収入的な立ち位置?しかしこれをやるには時間捻出がかかっているので全然まだまだできなくていいと思っている

  • 楽に働くために消費体力を抑え嫌なことは忘れ、どうでもいいよという心理的スタンスを獲得する。

自分はもちろん疲れているし辛いなと思うことが多い。ちゃんとこれ数年間も続けられないなという自覚はある。

転機の瞬間とは機会と準備のめぐり合わせであるので、自分はもう十分よくやっているのだから、まったり評価が付いてくるまで楽にしたほうが良いだろう。

  • 新しい考え方をより多く取り入れるために視野を広げて状況をより俯瞰すること/より深い自己理解と感情コントロール

これもいつか記事を書くかも知れないのだけれど、自分ができるようになるまでに一時的に習慣に取り入れたものが脳死ルーティン化していることがたくさんあることに気づいた。

眼の前にあるなにかを順次処理するマシーンは、その内容を処理する効率がよくなり、コツを掴み、もういつそれが発生しても大丈夫な技術水準に達したら辞めるべきで、時間と視野を奪われるようなルーティンは必要のないものはどんどん外していけたら最善のように思う。

視野を広げるということはより多くの発見の機会を得るということで、
より落ち着いて周りを見ることはより状況整理がうまくなる練習ができる環境を作るだろう。当たり前だと思っていたことは当たり前ではないし、自分が今までこれしかないじゃないか?と信じ込んでいた答えは、他人にとってよりよい答えがあることも多々ある。そういうのを取り入れて強くなっていきたいものだ。

感情コントロールはあまりにもできるようになりたい。
アンガーマネジメントが不得手である。実はこれも脳死ルーティン化の弊害の一端だったのだが、より表情を豊かにするために、より素直なコミュニケーションを自分のものにするために2022年位から習慣化していたことが裏目に出ている。(いや、もともと苦手だったかも知れない)
思ったことは口に出すし、なまじ「思い込む」ことが得意で相性が良かったこともあり、喜怒哀楽を顔に無意識で作るようにもなった。

よくやった。自分。
もうちょっと楽になっていいよ、自分。

もっとみんなと楽しく過ごしていきたい。

みなさん、いろんな抱負があるかも知れませんが、あまり気負わず2025年をゆっくり過ごしましょう。今年もよろしくお願いいたします。

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ここまで読んでいただきありがとうございます。
また次でお会いしましょう。


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