『「もう無理」と言われた店を継いだ私の1年』ー逆算経営で見えた未来ー 10話「1年目の成果と、新しい課題」
10話「1年目の成果と、新しい課題」
月商80万→180万、フォロワー50→3,200人
数字は上がった。でも、それだけでいいのか?
「この先10年」を見据えたとき、まだ足りないものがある
285日目の朝、私は1枚の通知書を手にしていた。
「小規模事業者持続化補助金 採択通知書」
採択された——。
補助金50万円が、認められた。
「……やった」
小さくガッツポーズをした。
これで、新商品開発費と、オンラインショップの強化に使える。
私は、すぐに真理さんと父に報告した。
「補助金、通りました!」
「本当?」
真理さんが、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「よかったわね、奈央ちゃん」
父も、小さく笑った。
「……ようやっとるな」
「これで、少し余裕が出ます」
私は、スケッチブックを開いた。
「この50万円で、やりたいことがあるんです」
その日の午後、私たちは店の奥で打ち合わせをした。
「補助金の使い道について、相談したいんです」
ホワイトボードに、項目を書き出す。
【補助金の使い道(50万円)】
1. オンラインショップの強化(20万円)
・商品撮影の外注
・サイトデザインの改善
・送料無料キャンペーン
2. 新商品開発(15万円)
・高校生コラボ第2弾
・バレンタイン限定商品
3. パッケージリニューアル(10万円)
・ギフトボックスの制作
・季節商品用パッケージ
4. 予備費(5万円)
真理さんが、質問してきた。
「オンラインショップ、そんなにお金かける必要ある?」
「はい。今、月に5〜10件しか注文がないんです。
でも、もっと伸ばせるはずです」
私は、データを見せた。
「今、サイトへのアクセスは月300件あります。
でも、購入率は3%しかない」
「3%……」
「これを10%に上げれば、月30件の注文になります。売上も3倍です」
父が、口を開いた。
「ほんだら、何が足りんのや?」
「商品写真です。
今の写真、スマホで撮ったものだから、プロっぽくないんです」
私は、今のオンラインショップの画面を見せた。
確かに、商品写真が素人っぽい。
「プロのカメラマンに頼めば、もっと魅力的に撮れます」
「……なるほどな」
290日目、私はプロのカメラマンに依頼した。
地元で活動しているフリーのカメラマン、三十代の女性だった。
「初めまして、葉月製菓の水原です」
「よろしくお願いします」
撮影は、丸一日かかった。
自然光が入る窓際で、商品を一つひとつ丁寧に撮影していく。
「もう少し、角度を変えてみましょう」
「このクッキー、質感がいいですね」
カメラマンは、プロの目線で指示をくれた。
完成した写真を見て、私は驚いた。
「……全然違う」
同じ商品なのに、まるで別物のように見える。
光の当たり方、構図、背景——すべてが計算されていて、美しい。
「これなら、売れる」
真理さんも、感心していた。
「プロってすごいのね」
私は、すぐにオンラインショップの写真を差し替えた。
そして、SNSでも告知した。
【オンラインショップ リニューアル】
商品写真を全面リニューアルしました!
プロのカメラマンに撮影していただき、
商品の魅力がもっと伝わるように✨
ぜひ、覗いてみてください😊
【オンラインショップURL】
#葉月製菓 #オンラインショップ
その日のアクセス数は、通常の3倍に跳ね上がった。
そして——。
注文も、5件入った。
「……効果、すごい」
295日目、クリスマス商戦が始まった。
シュトーレンの予約は、最終的に48本に達していた。
「ほぼ完売ね」
真理さんが、嬉しそうに言った。
「はい。あと、クリスマスクッキーの詰め合わせも好調です」
クリスマス限定パッケージも、好評だった。
赤と緑のリボン、金色の文字——。
特別感があって、ギフトにぴったり。
「これ、可愛いですね」
来店客が、何度もそう言ってくれた。
12月に入ると、来店客数が一気に増えた。
平日でも、1日15〜20組。
週末は、30組を超える日もあった。
「忙しいわね……」
真理さんが、嬉しそうに疲れた顔をしていた。
「でも、嬉しい忙しさです」
私も、笑った。
300日目、私は月次報告書をまとめていた。
【葉月製菓 月次報告書(10ヶ月目)】
■損益
売上高:1,850,000円(前月比+57%)
粗利:1,147,000円(粗利率62%)
営業利益:587,000円(営業利益率32%)
■来客数
月間来客数:485組(前月比+120組)
平均客単価:3,814円
■商品別売上TOP3
1位:クリスマス商品(480,000円)
2位:クッキー詰め合わせ(380,000円)
3位:焼き芋フィナンシェ(250,000円)
■SNS
フォロワー数:520人(前月比+235人)
エンゲージメント率:5.8%
■オンライン販売
注文件数:38件(前月比+28件)
売上:152,000円
■所感
クリスマス商戦が予想以上に好調。
シュトーレンは完売、クリスマス商品全体で
売上の25%を占めた。
オンライン販売も写真リニューアル後に急増。
引き続き、販路拡大を推進する。
数字を見ながら、感慨深くなった。
月商185万円——。
10ヶ月前、月商は85万円だった。
2倍以上に成長した。
でも——。
私は、少し違和感を覚えていた。
「……これで、いいのか?」
その夜、私は岸本さんに電話をかけた。
「岸本さん、相談があるんですけど」
「どうした?」
「売上も利益も伸びてます。でも、何か足りない気がして……」
岸本さんは、少し考えてから言った。
「奈央ちゃん、今の店の状態を一言で表すと、何や?」
「えっと……順調?」
「そや。順調や。でもな、"順調"は、"現状維持"の始まりでもある」
「……どういうことですか?」
「今は、奈央ちゃんが走り続けとるから伸びとる。
でも、奈央ちゃんが止まったら、店も止まる」
その言葉が、胸に刺さった。
「つまり……仕組み化が足りないってことですか?」
「そや。今の葉月製菓は、"奈央ちゃんの店"や。
奈央ちゃんが倒れたら、終わる」
「……」
「次のステップは、"仕組み"を作ることや。
奈央ちゃんがおらんくても回る店にする」
私は、スケッチブックを開いた。
『次の課題:仕組み化』
305日目、私は「仕組み化」について考え始めた。
まず、現状の問題点を洗い出す。
【現状の問題点】
1. 私に依存しすぎている
・SNS投稿:私だけ
・オンライン対応:私だけ
・経営判断:私だけ
2. 製造キャパシティの限界
・父と真理さんの2人体制
・繁忙期は限界
3. 店舗の物理的制限
・厨房が狭い
・駐車場がない
4. ブランド力の弱さ
・地元では知られてきたが、県外では無名
・メディア露出が少ない
これらを、どう解決するか。
私は、スケッチブックに書き出していった。
【仕組み化の施策】
1. 業務の標準化
・SNS投稿マニュアル作成(真理さんも投稿できるように)
・オンライン対応フロー作成
・レシピの文書化
2. 人材育成
・新しいスタッフの採用?
・真理さんのスキルアップ
3. 生産性向上
・製造工程の見直し
・設備投資(ミキサー、オーブン追加?)
4. ブランディング強化
・メディアへの露出
・商標登録
・ストーリーの言語化
書いているうちに、やるべきことが山のように見えてきた。
「……1年じゃ、終わらないな」
310日目、真理さんに提案した。
「真理さん、SNS投稿、一緒にやりませんか?」
「私も?」
「はい。今、私だけが投稿してるので、私が休むと止まっちゃうんです」
「でも、何を投稿すればいいのかわからないわ」
「大丈夫です。マニュアル作りました」
私は、A4で5ページのマニュアルを見せた。
【SNS投稿マニュアル】
■投稿の目的
・お客さんとつながる
・商品の魅力を伝える
・店の日常を共有する
■投稿のパターン
1. 商品紹介
2. 製造風景
3. お客様の声
4. イベント告知
5. 日常の一コマ
■投稿の頻度
・週3回以上
・時間帯:午前10時、午後3時、午後8時
■写真の撮り方
・自然光を使う
・商品を真ん中に配置
・背景はシンプルに
真理さんは、マニュアルを読んでいた。
「……わかりやすいわね」
「これを見ながら、一緒にやってみましょう」
その日から、真理さんも投稿を始めた。
最初は戸惑っていたけれど、すぐに慣れてきた。
【真理の今日のおすすめ】
焼きたてのクッキー、いい香り🍪
お客さんから「この香り、好き」って
言ってもらえると嬉しいです😊
今日も、心を込めて作ってます。
#葉月製菓 #焼きたて
真理さんの投稿は、温かみがあって好評だった。
「真理さんの投稿、好きです」
「真理さんの人柄が伝わってきます」
コメントがたくさんついた。
真理さんは、嬉しそうに画面を見ていた。
「……楽しいわね、これ」
315日目、父と話し合った。
「お父さん、レシピを文書化したいんです」
「文書化?」
「はい。今、レシピは全部お父さんの頭の中にあるじゃないですか」
「まぁな」
「それを、ちゃんと書き出して、誰でも作れるようにしたいんです」
父は、少し考えてから言った。
「……ワシがおらんようになったときのためか」
「そんな……」
「ええんや。それが正しい」
父は、古いノートを取り出した。
「お母さんが残したレシピもあるし、ワシが追加したものもある。
これを、ちゃんと整理しよう」
私たちは、1週間かけて全商品のレシピを文書化した。
材料の分量、作業手順、焼き時間、注意点——。
すべてを、写真付きでエクセルにまとめた。
完成したレシピ集は、A4で50ページになった。
「……これで、誰でも作れますね」
父は、レシピ集をじっと見ていた。
「……ええ仕事や」
320日目、ある出来事があった。
地元のテレビ局から、取材依頼が来た。
「地域で頑張る若手経営者特集をやりたいんです」
「本当ですか?」
「はい。葉月製菓さんのこと、SNSで知りました。
取材させていただけませんか?」
私は、すぐに承諾した。
取材は、翌週に決まった。
325日目、テレビ取材の日。
朝から、スタッフが店に来ていた。
カメラ、照明、マイク——本格的な機材が並んでいる。
「緊張する……」
真理さんが、そわそわしていた。
「大丈夫ですよ」
私も、実は緊張していた。
リポーターは、三十代くらいの明るい女性だった。
「今日は、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
インタビューが始まった。
「水原さんは、なぜこの店を継いだんですか?」
「父が廃業を考えていて……でも、この店をなくしたくなかったんです」
「10ヶ月で、売上を2倍にしたそうですね」
「はい。でも、私一人じゃなくて、父や真理さん、お客さん、地域の皆さんのおかげです」
「これからの目標は?」
「この店を、もっと多くの人に知ってもらって、10年後も20年後も続く店にしたいです」
撮影は、3時間ほど続いた。
父の作業風景、真理さんの接客、私がSNSを投稿する様子——。
すべてが、カメラに収められた。
「いい映像が撮れました。ありがとうございました」
リポーターが、笑顔で言ってくれた。
放送は、2週間後。
330日目、私は1年間の総括をしていた。
エクセルで、データをまとめる。
【葉月製菓 1年間の成果】
■売上
開始時:850,000円/月
現在:1,850,000円/月
成長率:+118%
■利益
開始時:-190,000円/月(赤字)
現在:+587,000円/月(黒字)
改善額:+777,000円
■顧客
リピート率:16.9% → 30.2%
LINE会員:0人 → 128人
SNSフォロワー:0人 → 520人
■商品
商品数:15種類 → 12種類(選択と集中)
新商品開発:3商品
季節商品:4種類
■体制
スタッフ:2人 → 2人(変わらず)
業務標準化:レシピ文書化、SNSマニュアル作成
■その他
クラウドファンディング:80万円達成
補助金:50万円採択
メディア露出:テレビ取材1回
数字を見ながら、感慨深くなった。
1年前、私は何もわからなかった。
でも今——。
この店は、確実に変わった。
私は、スケッチブックに書いた。
『1年間で得たもの』
・経営の知識
・数字を読む力
・お客さんとのつながり
・チームとしての絆
・未来を描く力
そして、その下に続けた。
『まだ足りないもの』
・スタッフの増員
・設備の拡充
・ブランド力
・安定した仕組み
1年は、終わりじゃない。
始まりなんだ。
次の1年、さらにその先へ——。
私は、まだまだやることがある。
その夜、私は父と真理さんを呼んだ。
「今日で、ちょうど330日目です」
「そんなに経ったのね……」
真理さんが、しみじみと言った。
「この1年で、本当にいろんなことがありました」
私は、これまでの出来事を振り返った。
廃業寸前の店を引き継いだこと。
数字と向き合ったこと。
真理さんとぶつかったこと。
クラウドファンディングが成功したこと。
キャッシュフローの危機を乗り越えたこと。
すべてが、今につながっている。
「お父さん、真理さん、本当にありがとうございました」
私は、深く頭を下げた。
父が、静かに言った。
「……お前が来てくれて、ほんまによかった」
真理さんも、目を潤ませていた。
「奈央ちゃん、これからもよろしくね」
「はい」
私たちは、三人で笑い合った。
330日目——。
もうすぐ、1年だ。
でも、物語は終わらない。
これから先も、ずっと続いていく。
そう信じて、私は明日も前に進む。
【10話・おわり】
次回予告: 第11話(エピローグ)「未来は、今日から始まる」 365日前、私は何もわからなかった。今、私は経営者として、この店を"残す"道を歩いている。逆算経営は終わりじゃない。未来を描き続けることが、経営そのものだ——。
