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【6月1日の日記】親の直感と1年前の決断。国語のレポートで深める「自尊心」と利己主義の心理。〜 言葉を持たない娘のサインと、意識して作る「頭の余白」 〜

6月1日、月曜日。 新しい1ヶ月が始まりました。

5月を振り返って。「余白」を作る試行錯誤

5月は「生活の中に余白を作る」を目標に進んできました。実際には、余白を作れた日もあれば、スケジュールが立て込んで作れなかった日も。試行錯誤の連続でしたが、一歩ずつ前進できた手応えはあります。

この1ヶ月で、私自身の考え方も少し変わりました。

以前は「何から何まで自分がやらなければ」と予定を詰め込みがちでしたが、あえて余白を作り、1日の中で自分の時間を「5分」でも確保するよう心がけるようになったのです。

そのために、スマホなどデジタル媒体から少し距離を置き、紙の新聞を読む習慣を作るようにしました。先日「AI×新聞」の楽しさを書きましたが、その源にあるのは「デジタルを離れる時間」。

情報を追うのとは違い、紙の新聞を熟読することは、社会に広く目を向け、自分の仕事や家族以外の事象に思考を巡らせる貴重なひととき。一見、何もしていない時間ではないので「余白」とは言えないかもしれません。でも私にとっては、忙しい日常の中で「頭のなかに穏やかな余白を作る」ための大切な儀式なのだと実感しています。

そんな新しい意識で迎えた6月のスタートですが、月曜日らしく慌ただしい1日になりました。

スマホを伏せて、紙の新聞を開く。頭の中に穏やかな余白を作る儀式。

長年の勘が捉えたサインと、1年前の決断

朝、娘の急な体調不良によるクリニック受診からスタートです。

最近の娘は少し鼻水が多く、時折咳き込むこともありました。通常なら風邪を疑うところですが、娘はもともと中耳炎になりやすい体質です。耳の中に耳だれの跡がカサカサと付着していたのを発見し、「これは中耳炎になっているな」と直感。早速クリニックを受診することにしました。

クリニックの予約は8時スタート。少しでも遅れるとお昼前まで待たされる激戦区です。時計とにらめっこをしながら予約ボタンを押し、それでも「4番目」。幸い全体の流れがうまく噛み合い、支援センターへの登園は翌日へとスムーズに変更でき、予定通り受診できました。

診察の結果、やはり予想は的中。耳に液だれがあり、中耳炎になりかかっているとのことでした。

先日「言葉のない声を聞く」と書きましたが、これも同じ。長年娘と一緒に過ごし、ケアを重ねるなかで、「どの状態の時に、どんなサインが出るのか」が感覚的に分かるようになってきた。親としての成長も、こんな形で実感しています。

幸いお薬を処方してもらい、悪化する状態ではないとのこと。何より、中耳炎にかかっていても痛がらず、発熱もほとんどない。これは1年前に受けた耳のバイパス手術のおかげだと改めて実感しています。

当時は手術を選択することへの葛藤や大変さもありました。でも乗り越えた今、こうして病気が深刻化せずに済む。「あの時の決断は正しかった」と心から思える瞬間です。

医療的ケア児の親は、いくつもの「決断」を迫られます。その一つ一つに正解はないけれど、1年後、2年後にこうして「受けて良かった」と思える日が来る。同じ境遇の方への、小さな勇気のメッセージになればと思います。

引き継ぎと、進化する意思疎通

受診後、発熱がなかったため娘を療育施設へ。看護師さんや担当者の方にクリニックでの診断内容をしっかり説明し、快く対応していただきました。先日も書きましたが、この「チーム」の存在に本当に感謝しています。

午後、いつものようにお散歩に連れ出し、そのままお昼寝へ。

最近、娘との意思疎通がかなり進んでいます。以前ならお昼寝を嫌がる素振りを見せていたのが、「今からお昼寝だよ」と伝えると、進んで抱っこされながら散歩をし、そのままぐっすりと夕方まで眠ってくれるようになりました。

「事前予告」が3歳の娘に効くという話を、3月から何度も書いてきました。2ヶ月半経って、その効果はさらに深まっている。一つ一つの積み重ねが、確かな信頼関係を作ってくれています。

国語のレポートで深める「自尊心」と利己主義の心理

娘が療育にいる時間とお昼寝の時間を活用し、オンライン授業を3本立てで行いました。

1人目の新高1の生徒さんは、中間テストの振り返りに非常に真剣に取り組んでくれました。以前ならあまりやらなかった「テスト直し」を自ら進めて、わからない問題を質問してくる姿に、見違える変化を感じました。

2人目の生徒さんとは、文学国語のレポートで芥川龍之介の『鼻』を扱いました。作品の核である「他人の不幸に同情するのは自然だが、その人が幸運を掴んだ途端、人は冷淡になり妬みを抱く」という人間の利己主義について、2人で深く話し合いました。

「こういう心理、すごくよく分かるよね」とリアルな理解を共有しつつ、AIにも話を聞きながら一緒に深掘りしていきました。先日「鋭い考察」と書いた彼が、今度は人間心理を自分の言葉で語っている。受け身になりがちだった彼が、自ら問題提起して発言する姿に、確かな成長を発見しました。

『他人の幸運を、人は冷淡に妬む』。文学は、心の鏡。

3人目の高2の生徒さんとは、数学Bの数列の総復習。

彼は「教えられる」のがあまり好きではない特性を持っています。だから決して先回りで答えを教えず、対話を通じて本人に解法を説明してもらい、自分の言葉で頭の中を整理してもらう授業を心がけました。

「教えないけれど、最終的には本人の力でしっかり教わった状態に持ち込む」。

これこそが、私が目指してきたプロの伴走の形です。5月に書いた「教えるから自立させるへ」「引き出す先生」のテーマが、6月の最初の月曜日にも続いている。

教えないけれど、本人の力で『教わった状態』に持ち込む。

6月のスタート

朝のハプニングから夜の難関数学まで、終わる頃には文字通りヘロヘロでしたが、娘の体調も大ごとには至らず、生徒たちの進化と自分自身の「余白」の心地よさを実感できました。

最高に濃密な、6月のスタートでした。

5月の試行錯誤を活かしながら、6月も一歩ずつ。今月もどうぞよろしくお願いします。

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