エッセイ|学び合い
私は深く考えずに、行動してしまうことがある。
またやってしまったのだ。
最近はもっぱら家事についてである。
主婦として過ごしてはいるが、過去のトラウマから頭痛、腹痛、フラッシュバックと三重苦の日々を送っており、好調な日はほとんどない。
そんな中、家事をこなしながら、昼寝を挟みつつも軽い運動や勉強を続けるようにしている。
運動もせず、勉強もせず、何もできないことも多々ある。
だが、夫を傷つけてしまったのだ。
思いやりが足りていなかった。
先日、夫のシーツや毛布、枕カバーを干したのだが、洗濯バサミで留きれておらず(先を想像して確認しなさいよ)、取り込んだときに死角に落とした枕カバーに気付かず、一日ベランダに放置し(何を取り込んだか確認しなさいよ)、夫を悲しませてしまったのだ。
「俺…大切にされてないのかなって思っちゃったわ…」
と、言わせてしまった…
ごめん…
そんなことはまったくない…
さすがに私でもわかる。
「ぼーっとする」の域を超えていることを。
*
身体と心がつらいからと怠慢しすぎた。
変なところで頑張って、肝心の土台ができていない。
思いやりの心がない。(喝!)
まず生活を整え、営まなくては。
この出来事から分かったことが二点ある。
こちらが思う思いやりと、相手の求める思いやりは違うということ。
大切にしてもらえてるなあ、と思ってもらうには日々、(思っているよりもかなり)定期的に相手を喜ばせようとすることが重要だということ。
身近な人なら特に。
私は夫を大切に思う気持ちを、
記念日では手紙を書いたり、出しっぱなしのコップを洗ったり、5mmほど残っている飲みかけのペットボトルを洗って捨てたり、汚い部分を綺麗にしたり、夫の荷物のダンボールを畳んだり…
を、することで愛を与えた気持ちになってしまっていた。(嘘、今少し毒を吐いた。)
これは真に相手の求めているものではなかった。
丁寧に扱われていない、という思いをさせてしまったのが夫にとっては問題だった。
*
少し話は横道にそれるが
夫は食べるのが「大大大好き」で標準体重より10kgほど重く、本人も痩せたいと常々言っている。
運動もしていて、食べ物にも気を使っているようなので、私が一人でどこかに出かけても、お土産として食べ物を差し入れることはしないようにしていた。
これも、だめだった。
ごめん…
食べ物は、もらいたかったらしい…
さすがに私でもわかる。
そりゃあなた、やっぱりそうですよね…!
まったく理解できていなかったのだ。
「食べるのが大好き」とは、どういうことかを。
「頑張って運動するから、俺にもそういうのほしい…」
とのことだった。
変に気を回してしまった。
私のプレゼントする2-300kcalは、夫の一日のカロリー計算だけではない、何かを大きく満たすらしい。
私が食にあまり興味無いためか、食べ物をもらっても夫ほど歓喜(いや、狂喜乱舞)することがなく、そこが把握できていなかった。
夫はあまり食欲のない私に沢山食べさせようと、色々なお菓子を買ってくれたりする。
その気持ちが嬉しい。
多分、夫はもっと、嬉しいのだろう。
*
私は文章や手紙をていねいに書いて送ってもらえると、とても幸せを感じる。
夫からの手紙は結婚してから一度ももらってないけれど、日々大切にされていることは感じるから、まあ……気にならない。今のところは本当に大丈夫。
夫婦とはいえ、他人である。
同い年だとしても、育ってきた環境も見てきた景色も違う。
出会って十五年、結婚も含め付き合いはじめてから五年経った今でも、夫のことはまだまだ分からないことばかりだと痛感した。
今回の出来事から、お互いの過去のことも含めた不満点を伝えつつ(今回は私が全面的に悪い)、
これからより対話を大切にして、仲のいい夫婦を目指そう!またこれで二人とも一歩成長したね!と話し合いが終わった。
不機嫌ではなく、言葉にし、論理的に伝えてくれる夫には本当に助けられている。頭が上がらない。
明日は、夫に好評だった大きい容器いっぱいの
ティラミスを手作りしようと思う。
