ソーセージ職人だと聞いていました
大型バーベキューグリル『IRORI』ができるまで
前回は、薪オーブン『炎〜ほむら〜』の話を書きました。扉一枚の仕事から始まって、形になるまで二年かかった窯です。
二本目は、大型のバーベキューグリル『IRORI』です。
先に白状しておきます。この商品は、始まりから終わりまで、こちらが何も仕掛けていません。 全部、外から来ました。
もう一つ、順番を断っておきます。商品になったのは、IRORIのほうが先です。 前回書いた薪オーブンより早く、こちらが世に出ています。連載で書く順番と、できた順番は逆になっています。
「ソーセージ職人です」
最初の依頼は、日本に住んでおられるドイツの方からでした。
ご本人は、ソーセージ職人だと名乗っておられました。
ソーセージを焼くための、大きなグリルが欲しい。そういう話です。
このときのうちは、石窯も薪オーブンも作ったことがありません。なぜ福井の鉄工所に声がかかったのか、いまも分かっていません。
私は、その言葉をそのまま受け取りました。ソーセージの人だ、と。
ところが、あとになって分かりました。
その方は、有名な企業の取締役でした。

いま思い出しても、少しおかしい。打ち合わせのあいだじゅう、こちらは終始「ソーセージの人」として話していたわけです。
ただ、それで何か困ったかというと、まったく困りませんでした。火とソーセージの話しかしていなかったからです。肩書きを知っていたら、こちらの態度は変わっていたかもしれません。知らなくてよかったと思います。
納品は、横浜のドイツ人学校でした
出来上がったものを納めたのは、横浜にあるドイツ人学校でした。
そして代金は、ご本人とドイツ大使館の折半でした。
福井の鉄工所が作った鉄の炉が、横浜の学校に据えられて、その半分を大使館が払う。書いていて、われながら妙な絵だと思います。

うちの本業は、図面をいただいて、そのとおりに作る仕事です。納品先が学校で、支払いが大使館という案件は、後にも先にもこれ一件です。
そして、追加の依頼が来ました
しばらくして、同じ方から追加の依頼をいただきました。
作って、また関東へ運ぶことになりました。
そのときに、私は余計なことを考えました。
どうせ関東まで行くのなら。
置いてきました
『所さんの世田谷ベース』というところがあります。
タレントの所ジョージさんの、いわば秘密基地です。テレビ番組にもなっています。
そこへ、IRORIを一台持っていきました。
売り込みらしい売り込みをしたわけではありません。持っていって、置いてきた。 それだけです。
いま考えると、ずいぶん思い切ったことをしています。一台の値段は、この記事の後ろに書いてあるとおりです。それを、置いてくる。
うちのような小さい会社が、そんなことをして大丈夫なのか。大丈夫ではありません。ただ、あのときは何も考えていませんでした。
テレビに映って、二台売れました
そのあと、フジテレビの『所さんの世田谷ベース』という番組で、あのグリルを取り上げてもらいました。
うちからお願いしたわけではありません。置いてきたものが、勝手に働いてくれた形です。
そして、二台売れました。
チラシも作らず、広告も打たず、営業にも行っていません。福井から一台運んで、置いてきただけです。

このグリルが、連れてきたもの
もう一つ、あります。
IRORIを、展示会に出しました。
そこで声をかけてくださったのが、石窯料理研究家の方でした。
前回書いた薪オーブン『炎〜ほむら〜』は、この出会いから始まっています。ご自分で積んだ石窯の扉を作ってほしい——連載の一本目に書いた、あの一枚の扉です。
つまり、このグリルが、次の商品を連れてきたわけです。
置いてきた一台はテレビに映り、展示会に出した一台は次の商品になりました。どちらも、こちらから売り込んではいません。現物を、人の目に触れるところに出しただけです。
ただし、褒められただけではありませんでした
番組の中では、いろいろと言われました。
高い。大きい。
そのとおりです。反論のしようがありません。
大きいのは、大勢で囲むために作ったからです。高いのは、一つずつ手で作っているからです。理由はあります。理由はありますが、買う側からすれば、理由は値段を下げてくれません。
このときに言われたことが、そのまま次の商品につながります。次回に書く『BB-CAN』です。小さくして、安くして、持ち運べるようにしたものです。
そして、いま
『IRORI』は、いまも作っています。
IRORI-700s(業務用) 275,000円
IRORI-450s(家庭用)もあります
焼き網は高さを調整できて、鉄板も載ります
串の焼き鳥は備長炭で、鍋物は広葉樹の薪で
いまも、一つずつ手作りです。

十年以上たって、まだ手作りで、まだ台数は多くありません。物が良ければ売れる、というほど世の中は甘くありませんでした。
ただ、置いてきた一台が二台に化けて、展示会に出した一台が次の商品を連れてきたのは事実です。
カタログを送るより、現物を置いてくるほうが早い。
この商品から学んだのは、たぶんそれだけです。それだけですが、いまも効いています。
福井の鉄工所、株式会社TAYASUの田安繁晴です。うちが作った商品を、始まりから今までたどっています。前回は薪オーブン『炎〜ほむら〜』でした。
