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教科横断で考える「読解力」#03 ー国語編ー「AI時代に大切にしたい自分の言葉」

みなさんこんにちは!
代ゼミ教育総研note編集チームです。

ご好評をいただいております、「教科横断で考える読解力」。
今回は国語編をお届けします。

教科横断で考える「読解力」とは?
代々木ゼミナール教材研究センターと、教育総合研究所がタッグを組み、各教科で必要な読解力についてお届けしていく連載です。
教科のプロが、読解力についてアツく語ります!

★前回の記事(理科/前編)はこちら
教科横断で考える「読解力」#02 ー理科・前編ー【読み取る情報が多すぎる理科】|代ゼミ教育総研note

AIの発達により、高度な文章を簡単に出力できるようになった昨今。そんな時代だからこそ大切な視点とは——。
国語科のプロが、今必要な「読解力」と、自分の言葉で表現することの重要性について語ります。


ライター:Sさん
代々木ゼミナール教材研究センター国語研究室所属。
代ゼミ国語科の教材や模試の作成を担当している。

教育総研noteのシリーズ「教科横断で考える読解力」は、読解力を国語固有の能力としてではなく、全教科の基盤となる力として捉えたうえで、様々な教科がそれぞれの角度から読解力について考察しています。

では、国語における読解力とはそれほど自明なものでしょうか。今回は、大学入試の現代文で要求される読解力とは何か、また受験生はどこでつまずきやすいのかについて考えてみたいと思います。


理解のカギは、“言い換え力”


評論文の問題でよくある出題パターンの一つに、「〇〇とあるが、これはどういうことか。説明しなさい」というものがあります。

これはつまり、〈この「〇〇」を別の言葉で言い換えてみてください〉という指示です。その言い換えが妥当なら正解(=読解成功)となり、ずれていると不正解(=読解失敗)と判定されるわけです。この過程で受験生の頭の中で何が行われるのかを分析してみましょう。

「言い換える」というのは、要するに「手持ちの言葉で表現する」ということです。つまり、受験生は「〇〇」の意味内容を自分の手持ちの言葉で表現し直そうとするわけです。そして、それが的確にできたときにはじめてその文章を理解できた(=読解できた)、ということになります。

逆に言うと、「AはBである」という文をそのまま「AはBである」と同じ言葉で反復しても、相手に理解は伝わりません。話しかけた言葉をそのまま返すオウムが、言葉の意味を理解しているようには思えないのと同じです。

そのため、「〇〇とあるが、どういうことか」という内容説明問題の解法は、

①…本文の該当箇所を読む
②…その箇所の内容をいったん自分の頭の中で表現し直す
③…②をもとに選択肢の正誤を判別する(または②を制限字数内に記述する)

というプロセスをたどることになります。「いつも二択までは絞れるのに、そこから間違えてしまう」という受験生は、上記の②の「表現」が不十分なまま選択肢を見てしまうので、誤答に引っ掛かってしまうわけです。

作問する側も、紛らわしい誤答選択肢をいくつも作るのは大変なので、「こっちかこっちで迷うだろうな」と、迷わせる選択肢をせいぜい一つ(ないし二つ)作っておきます。そのため、「二択までは絞れるんです!」と言う受験生には、「(申し訳ないけれど)それは作問者の手の上で転がされているだけで自慢にはならないんですよ」と言わねばなりません。そして改めて、読んだ文章の内容を「これってつまりこういうことだな」と自分の言葉で表現し直すことの大切さを伝える必要があります。

ここまでを一言でまとめると、(逆説的なようですが)「読解力とは、表現力である」と言えそうです。

「読む力」と「書く力」は密接につながっています。これは国語教育に携わっている方にとっては自明かもしれませんが、意外と受験生には伝わっていないと思われます。「マーク式しか出ないから記述対策は要らない」と考える人も少なからずいるからです。

本来なら、読解力に不安のある受験生こそ、積極的に記述問題に取り組み、自分の頭の中で言葉を組み立てる訓練を積むべきでしょう。緻密に言葉を運用できるようになればなるほど、課題文の内容も正確に把握できる(=表現できる)ようになるからです。


共通テストのデータから見える弱点


それでは次に、実際の入試問題を見ながら、現代文で要求される読解力にはどのような種類があるのか、またそのうちのどれが受験生の苦手分野なのかを見ていきましょう。

たとえば共通テスト「国語」の第1問(評論文)の読解問題では、主に次の4つのタイプの問題が出題されます。

A 課題文の部分的な内容を問う問題
B 課題文全体の趣旨を問う問題
C 課題文の展開・構成・表現法を問う問題
D 複数の文章の関連性を問う問題

では、以上4つのうち、2026年度の共通テスト本試験の「国語」第1問で、最も正答率が低かったのはどのタイプでしょうか。最も出来が悪かったのは問4で、正答率は約42%でした。初見の方もいると思うので細かな内容には触れませんが、ポイントとなるのは出題のねらい(網掛け部分)です。

《事例1》 2026年度 共通テスト(本試)国語 第1問 問4 改題

※網掛けは代々木ゼミナール教育総合研究所の編集

正答 ②


この設問では「筆者はなぜこのように述べるのか」とあるので、一見傍線部の主張の根拠を問う理由説明問題(上記のAに相当)に思えます。

しかし、選択肢を見るとすべて「~しようとしているため」となっています。すると、これは傍線部の根拠というより、傍線部の目的や意図を問うている問題になります。つまりこの設問は、「筆者は何のためにこのようなことを言ったのか」、あるいは「本文の展開上この傍線部はどのような役割を果たしているのか」を問う問題なのです。

これは、先に挙げた4つのパターンのうち、Cの「展開・構成・表現法を問う問題」に相当します。

実は、代ゼミの解答速報時の分析では、この問4の難易度を5段階(難、やや難、標準、やや易、易)のうち、「やや易」にしました。国語の専門家が集まってこの問いについて検討を行ったときに、これは「比較的易しい問題だ」と判断したわけです。しかし、いざ蓋を開けてみると、他の読解問題は正答率6割、悪くても5割なのに対して、この問4だけ4割程度の出来だったのです。

もちろん、この問4については、後の「問題評価・分析委員会報告書」で「問いの意図が受験者に伝わりづらい設問リード文である」という指摘もありました(高等学校評価)。なので、受験生は構成や展開を把握しようとする以前に、そもそもの出題意図の把握に惑わされた可能性もあります。

ところが、同じように「展開・構成・表現法を問う問題」で正答率の低い問題が他にもありました。それは第3問の問2です。

今回の第3問は、『イワシ むれで いきる さかな』という絵本の特徴に関して生徒が書いた【文章】を、生徒自身が推敲している場面を題材とする問題でした。その問2の設問文と、解答に必要な【文章】の箇所は以下の通りです。

《事例2》 2026年度 共通テスト(本試)国語 第3問 問2 改題

※網掛けは代々木ゼミナール教育総合研究所の編集

正答 ③

「イワシの種としての生き方」を伝えるにあたり、展開上必要ではないものを選ぶ問題です。波線部cの「バシャーン!」は実はコアジサシが海の中に突入するときの音で、また「音で迫力を出すこと」自体イワシの生態とは何も関係がありません。したがって、一目で③が正解と見抜けます。

解答速報時の代ゼミの分析では、この問2の難易度は「難・やや難・標準・やや易・易」の5段階のうちの「易」、つまり大変易しい問題と判断しました。また、「問題評価・分析委員会報告書」においても、この設問に関しては「他の選択肢に比べ分かりやすすぎる」と指摘されています(日本国語教育学会)。

ところが、実際の正答率は約58%。8割超えでもおかしくない問題でしたが、意外と正答できていなかったのです。

これまで二つの事例を見てきましたが、現代文全体ではどうなっているのでしょうか。2026年度共通テスト本試験の現代文で出題された読解問題をタイプ別に分類し、それぞれの正答率を見てみましょう(太字は正答率6割未満のもの)。

再掲
A 課題文の部分的な内容を問う問題
B 課題文全体の趣旨を問う問題
C 課題文の展開・構成・表現法を問う問題
D 複数の文章の関連性を問う問題

【第1問】
問1 (漢字問題)
問2 タイプA 正答率68.7%
問3 タイプA 正答率57.6%
問4 タイプC 正答率42.4%
問5 タイプA 正答率64.8%
問6 タイプA 正答率56.1%

【第2問】
問1 タイプA 正答率89.5%
問2 タイプA 正答率83.9%
問3 タイプA 正答率66.8%
問4 タイプA 正答率80.4%
問5 タイプC 正答率57.4%
問6(ⅰ)タイプA 正答率63.9%
問6(ⅱ)タイプD 正答率52.7%

【第3問】
問1 タイプB 正答率79.5%
問2 タイプC 正答率58.0%
問3 (ⅰ)タイプC 正答(完答)率29.9%
問3 (ⅱ)タイプD 正答率52.7%

このように、2026年度の共通テスト本試験では、タイプCの「展開・構成・表現法を問う問題」とタイプDの「複数の文章の関連性を問う問題」で正答率が低いことが分かります。

タイプDは共通テストに移行してから出題され始めた新傾向の問題で、まだ傾向に慣れていない、または単純に作業量が多いことから、正答率が落ちるのもなんとなく分かるでしょう。

しかし、タイプC(展開・構成・表現法を問う問題)はセンター試験時代から長く出題されている形式です。また、先に述べたように、このタイプの問題は大人たちから見て「易しい」と思われても、受験生にとっては「難しい」「どうしていいか分からない」などと感じられるケースもありうるので、国語教育に携わる側としては思い込みに注意して丁寧に指導する必要があります。


弱点の原因は何か


では、なぜ受験生は「展開・構成・表現法を問う問題」と「複数の文章の関連性を問う問題」でつまずきやすいのでしょうか。実は、この二つには共通点があります。それは、「自分の頭の中で表現しづらい」という点です。

本稿の冒頭で、「読解力とは表現力である」と述べました。部分読解(タイプA)や全体読解(タイプB)は比較的正答率が高めでしたが、それは言い換えると「自分の頭の中で表現しやすい」ということです。

たとえば、本文中に傍線部が引かれていて「〇〇とあるが、どういうことか。」という問いがあったら、受験生はその「〇〇」の意味内容を自分の頭の中で再構築するために、傍線部の前後を見渡します。すると、その傍線前後には解釈の手がかりになるような言葉が散らばっているので、それを参考にして「〇〇というのは、だいたい△△といったことかな」と表現し直すことができます。つまり、ゼロから自分で言葉を用意し組み立てる必要はないわけです。

設問が部分読解(タイプA)ではなく全体読解(タイプB)の場合でも話は同じです。見渡す範囲は広くなりますが、筆者が何を言いたかったのかはだいたい結論部にヒントがあるので、それを参考に「全体として筆者は◇◇といったことが言いたかったんだな」と言葉を紡ぐことができます。もちろん難易度の高低はありますが、やるべき作業(解法)自体は単純なのです。

これに対して、タイプCの「展開・構成・表現法を問う問題」の場合はどうでしょうか。評論文で本文の展開や構成を問う問題を作るときは、まず本文を3つ~4つ程度の意味段落(内容のかたまり)に分けます。次に、それぞれの意味段落同士のつながり方を考えます。たとえば、本文全体を内容a、内容b、内容c、内容dの4つの意味段落に分けたうえで、

・問題提起として内容aがあり、

・それに対する従来の考え方として内容bを述べ、

・その問題点を内容cで指摘し、

・最後に筆者の自説として内容dを述べている。

といった具合に、各意味段落の関係(つながり方)を明らかにする必要があります。

このとき、〈問題提起〉や〈従来の考え方〉、〈問題点〉、〈自説〉といった概念は自ら引っ張ってこなくてはなりません。筆者が親切に文章の流れや構造を示してくれている場合なら展開の把握は容易ですが、そうしたケースはそもそも設問にはなりません。つまり受験生は、「ここからここまでの部分は〈問題提起〉だな」、「その先は〈一般論〉が述べられているところだな」などと、自分で言葉をあてがう必要があります。

先に紹介した第1問の問4に即して言うと、筆者の「個人的」な経験が、実は広く「一般」に通じるものであることを読み取ることがポイントでした。そのように読み取るためには、「個人/一般」や「特殊/普遍」といった概念の枠組みを自ら持ってきて本文を捉える必要があります。

複数の文章の関連性を問うタイプDの問題も同じです。上で示した内容aや内容bといった単位が、文章aや文章bといった文章単位に拡大したに過ぎません。やはり受験生は、二つの文章を読んだうえで、それらが〈対立〉関係なのか、〈異なる角度から同内容を述べたもの〉なのか、〈抽象〉と〈具体〉の関係なのか、〈現象・事例〉と〈本質〉の関係なのか等々、自分で概念を当てはめて考えなければなりません。

これが、「自分の頭の中で表現しづらい」ということです。部分読解(タイプA)や全体読解(タイプB)なら、本文中に散らばっている言葉を拾いながら表現を組み立てることができます。しかし、展開・構成・表現法を問う問題(タイプC)や複数のテキストの関連性を問う問題(タイプD)を解くときは、事柄同士の関係性や表現の効果に関する言葉を、自分で持ってきて解釈しなければなりません。そして、うまく持ってこられないと誤答選択肢に引っ掛かってしまうわけです。ここに、受験生がつまずく原因があると思われます。

自分で考えるための道具を持つ


さて、このようにテキストに対して自分の言葉で評価・解釈を下す読解力は、特殊な勉強をしなければ身につかないものではありません。

学校で配られている国語便覧には、「文章の書かれ方」や「レポートの書き方」といった項目で、段落の役割や典型的な構成について解説している部分があります。主な表現技法に関しても、一覧で掲載されていることがほとんどです。また、普段使っている国語の教科書も、一つひとつの文章や単元を通して、本文全体を俯瞰し自ら評価・解釈を下す力が育まれるような工夫がなされています。

このように教材はすでに揃っていますので、あとはそれを使ってどう教えていくかが指導者の課題となります。

まずは、国語において読解力とは表現力であり、選択肢に頼らずに自ら考えることが大切であること、そしてそのためには自分で考えるための道具(=国語の知識や概念)を学ぶことが必要であることを子供たちと共有したいところです。そのうえで、国語の教科書や便覧、問題集、定期テスト、模擬試験などを通じて、実際に知識の摂取とその活用を繰り返していく。読解力=表現力は一朝一夕には身につきませんので、これを地道に続けていくしかありません。


おわりに


本稿では、国語における読解力とは何か、そして受験生はどこでつまずきやすいのかを考えてきました。

「読むこと」「書くこと」「聞くこと」「話すこと」、それぞれの力は密接につながっています。そのすべてを媒介するのは「自分の言葉」です。

「自分の言葉」を磨くことで、誰かが書いたものや人の話を正確に理解できるようになり、また、自分のことを誰かにしっかりと理解してもらうことができるようになります。「自分の言葉」は、他者との関係性をつなぐ基盤そのものと言えるかもしれません。

言葉を簡単にAIに任せてしまいがちな今の時代こそ、教科としての国語を通じて言葉と格闘し、自分の言葉を磨き、練り上げる、その楽しさと大切さを伝えていけたらと思います。



お読みいただき、ありがとうございました。
次回の更新もお楽しみに!

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