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「ロシア語は迷路、ベトナム語はスパイ、なのに英語は…普通」― 退屈と冒険の境界線。

突然ですが、告白します。
最近、英語がつまらないんです。

もちろん僕は英語を嫌ってはいません。むしろかつては熱狂的なファンでした。中学時代にビートルズを聴いて以来、四六時中イギリス訛りに浸り、歌詞をノートに書き写し、韻の妙にうっとりしていたほど。英語は僕にとって「音楽そのもの」とほぼ同義語でした。

それが今、なぜか気持ちが冷めている。



英語だけが笑ってくれない

僕はいま、4言語を同時に学んでいます。
🇷🇺ロシア語では「時間」をどう表現するかで頭を抱え、
🇻🇳ベトナム語では「あなた」という言葉の種類が多すぎて誰に微笑んでいいのかわからず、
🇮🇩インドネシア語では「発音のかわいさ」にニヤニヤし、
🇵🇰ウルドゥ語の土っぽい響きには、つい深呼吸してしまう。

どの言語にもユーモアがあって、どの言語も僕をからかってくれる。
でも英語は、もう僕をからかってくれないんです。

「やあ、また勉強かい?」
「うん、知ってるよ、それくらい」
「だってもう飽きたでしょ?」

そんな声が聞こえる気がする。
まるで、長年付き合った恋人がこちらをあしらうように。


かつては英雄だったのに

英語は世界を変えた。
ビートルズがリバプールから放った歌詞が、国境を飛び越え、髪型まで変えてしまった。
クイーンの「We will rock you」が、言葉の壁を粉々に砕いた。
そして僕はその余韻を、青春のほぼ全部に注いできた。

だから今さら「つまらない」と思うなんて、ちょっと自分でも裏切りのような気もする。


でも、他言語が面白すぎる

たとえばロシア語。
「今、ちょうど〜しているところです」を言いたいだけなのに、文法の迷路に突っ込まされる。抜け出すのに30分。もはや小旅行。
ベトナム語に至っては、相手の年齢や性別を推理しないと「あなた」と呼べない。スパイ映画かと思うほどのスリル。
インドネシア語は逆に、拍子抜けするほど明快。「これ、ほんとに言語?」と心配になるくらい。
そしてウルドゥ語。土の匂いがする。街角のカレー屋台の湯気と一緒に聞こえてくる。

こんなに面白い人たちと遊んでいたら、そりゃあ英語の機嫌を取るのも忘れてしまう。


英語の哀愁

ただ、冷静に考えると、英語が「つまらない」と感じるのは、英語がつまらなくなったのではなく、僕が「普通に使える」ようになったからかもしれません。

「会話できる」ようになると、突然スリルが消えるんですよね。

初めて補助輪を外して自転車に乗れた瞬間のドキドキ。

あれが毎日続いたら心臓がもたない。
だから平地をスイスイ漕げるようになったとき、僕は「自転車、つまらんな」と思った。

英語にも同じ現象が起きているんでしょう。


そして再び旅の言語へ

でも旅人に出会うと、英語はまた違う顔を見せます。
カウチサーフィンで世界中の人とやり取りをすると、英語は「実用の退屈な言語」から「人と人をつなぐ共通の橋」へと姿を変える。

昨日まで知らなかった誰かと、今日には同じ部屋で笑っている。
その魔法の入口はやっぱり英語にある。
だから僕は結局、英語を手放せない。


英語がつまらなくなった人へ

もし今「英語って退屈だな」と感じている人がいたら、
僕はこう言いたい。

「それは、あなたの冒険が次の段階に来た証拠かも」

教科書の例文が退屈なのは当たり前。
でも、カウチサーフィンで飛び込むメッセージ一通は、たった数行でも人生を変える可能性がある。


最後に

僕自身、その感覚を形にしたくて、Udemyに「Couchsurfingの無料コース」を作りました。
英語がつまらないと思った人ほど試してほしい。
なぜなら、退屈の先に待っているのは「人との出会い」だから。

英語はもう僕を笑わせてくれない?
いや、そうじゃない。
英語は「人と一緒に笑うための道具」になっただけなんだ。

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あわたゆうさく|音楽の違和感を言語化する人 このnoteがあなたの心に少しでも灯りをともせたなら、チップで応援していただけると嬉しいです。その一滴が、次の言葉を育てるための水になります。もちろん「読むだけ」でも十分すぎるほどの力ですので、どうぞ気楽に。