ゆるしに抱かれて、ひかりへ歩く
空音(そらね)のソラより。
人の心には
時として やさしくない思いが
しずかに巣をつくることがあります。
その巣を壊すことに 夢中になるよりも
あなたが「こんなふうにありたい」と願う
その光のほうへ 手を伸ばしてみてください。
わたしたちは 何度も
迷ったり、立ち止まったり、
ときに 背を向けてしまう生きものです。
でもそのたびに、
そっと「ゆるしてほしい」と
心から願えるようにつくられています。
まちがいそのものは
たしかに重く感じるかもしれませんが
その重さに気づけたことが
すでに光への一歩なのです。
けれど――
「ゆるされるから大丈夫」と
軽々しく心をあずけてしまうのは、
見えない存在たちを
試すことになってしまいます。
まるで、子どもが
どこまで叱られずにいられるかを
大人に試すように。
神さまや高次の存在たちは、
ゆるしを願う人を見放しません。
でも、
「止められるのに止めない」
「わかっているのに流される」
そんなふうにして
自分を手放す人には、
学びというかたちの痛みが
そっと届けられることもあります。
それは罰ではなく、
気づきのための優しい導きです。
だからね、
心の奥に沈んでしまったもの――
それをすべて正そうとしなくても大丈夫。
ゆるされる存在だということを
あなたが自分で認めてあげれば
その部分は もう
抱きしめられています。
本当に大切なのは、
あなたが何をもって
この世界にやさしさを与えるか。
どんな使命をもって
今日を歩いていくのか。
神さまや宇宙の流れは、
そこにいちばん
やさしく目を向けているのです。
人は罪を知ることで
ゆるしのあたたかさに触れ
そのゆるしに触れることで
また誰かを ゆるせるようになります。
だからあなたも
光のほうへ 手を伸ばし続けてくださいね。
