昼の定番は冷凍食品、でもそれでいい
最近、僕の昼ご飯はすっかり冷凍食品頼みになっている。妻も僕も、お昼にそこまで意欲を注ぐタイプではなくて、「何か食べないと体がもたないよね」という義務感で済ませることが多い。
朝は軽く卵かけご飯や味噌汁で終わり、夜は妻がきっちり料理してくれるから、昼は最小限の労力で食べる。
結果、冷凍食品が一番手頃で、コンビニや外食に比べてコストも抑えられる。そんな流れに乗っているうちに、僕らの昼は自然と「レンチン生活」になった。
ただ、レンチンといっても完全に放置できるわけではない。作り方の指示通りに温めても、大抵は真ん中あたりが緩かったり、冷たいままだったりすることがある。
だから僕はいつもプラス30秒とかを追加して、熱めに設定してしまう。これを待つ間、大抵はX(旧Twitter)をダラダラ眺めている。何でもない投稿をスクロールしながら、「ああ、そろそろレンジが鳴るかな」なんて期待と、「もしかしたら生温いままかも……」という疑惑を同時に抱いている。冷凍食品を温めている最中のこの時間は、なんとなく「一瞬の休憩」のようにも思えるし、時間を無駄遣いしているような感覚にもなる。
レンチンを待つ間にキッチンにいると、豆柴のお茶子も「わたしにも何かちょうだい」と言わんばかりにお座りして視線を送ってくる。その時に、ストックしてる犬用のスープを作ってあげる。 お茶子にとっても、昼時は「自分も何か食べられるかもしれない」というシグナルらしい。ほんの少しだけ温かい犬用スープを注いでやると、嬉しそうに器を覗き込むその仕草が可愛くて、こっちの心が和む。
昼ご飯を決めるときは、僕のほうが「どうする?」と妻に声をかけるパターンが多い。逆に夜ご飯は妻が作ってくれるので、昼くらいは僕が動くという役割分担らしい。冷凍庫を開いて、たとえば「ハンバーグのセット、オムライス、ボロネーゼ、それと焼き魚風のお弁当もあるけど……」と読み上げると、妻が「あ、じゃあハンバーグにしようかな」とか、「今日は麺にしようかな」と返してくる。
実際には僕が取り出してレンチンするので、妻は趣味のYouTubeの動画編集にたいていは勤しんでおり、僕が特に説明するまでもなく温める準備(と言っても、袋を破るくらい)をする。僕も「温めるだけなら別にいいや」と思っているから、お互い波風立たない。
冷凍食品だけで過ごすと栄養が偏るんじゃないかとか、健康を損なうんじゃないかと心配される人もいるかもしれない。でも、そこは夕飯でバランスを取っている。
妻が夜は手の込んだ料理をしてくれるし、たまにはお昼を外食でサラダ中心にしようか、という日もある。実際、最近は「コープ」の冷凍弁当に飽き気味で、新しく「三ツ星ファーム」を試してみようかという話も出ている。美味しければそれでいいし、どうせ電子レンジで済むなら楽がいちばんだからだ。
そう考えると、冷凍食品は「宝箱」みたいなものかもしれない。蓋(冷凍庫の扉)を開ければ、お腹を満たすアイテムがいつでもスタンバイしている。そして、まるで宝箱からアイテムを取り出すようにパッケージを開けてチンするだけでランチが完成する。
問題は外装パッケージをはがしたとき、味気ない見た目の食品が姿を現す瞬間だろう。正直「お店で出されるような美味しそうな見た目」とは程遠いから、毎日繰り返すと、ちょっとばかり萎えてる自分がいる。
でも、それを器に入れ替えるだけで見栄えが変わり、少しだけ美味しく感じられるのだから不思議なものだ。妻は「器、変えてくれたけどそんが変わらんで」と笑うけれど、それで空気が和んで笑いがあるならやってよかったんだろう。
妻も僕もそんな冷凍食品生活を楽しんでいる部分もあれば、めんどくささを感じるところもある。同じ味ばかりで飽きることもあるし、価格のわりには量が少ないなと感じることもある。
でも、総合的には外食より割安で、食べる直前まで悩まずに済むメリットが大きい。もし「もっとちゃんとしたい」と思えば、夜ご飯でサラダや野菜を多めにして調整すればいいだけだ。
ちなみに毎日のお昼以外にも冷凍ストックは我が家に必要なので、冷凍庫スペースは常に問題だ。うちは愛犬お茶子の冷凍手作りご飯(ココグルメ)をまとめ買いするので、そこに冷凍弁当も詰め込むとすぐにパンパンになってしまう。
そこで今年は思いきって80リットルの大型冷凍庫を買った。昔の自分なら「大きい家電を持つと引っ越しが面倒だし、そもそも金がかかるから買わない」とか言いそうだが、いまの生活はそこそこ余裕があるし、計算上1年くらいで投資分が回収できる(外食との費用差を考えれば)というのがわかったから、まあいいかと思ったのだ。
さらに、今の働き方だと外に出る必要があまりない。AIに任せられる仕事は任せて、ひとり社長で月50時間前後働くだけでも生活が回る。それなら昼にわざわざ外へ行ってお金を使うより、家でレンチンしたほうが時間もお金も節約できる。ケチなようでいて、合理的といえば合理的だ。お茶子のご飯も同時に保存できる大きな冷凍庫があれば、いちいち注文のペースを気にしなくてもいいし、まとめ買いしておけば届くたびに「入るかな?」と心配しなくて済む。便利は正義、というやつだろう。
昔の自分を思えば、だいぶ生活が変わったな、としみじみ思う。学生のときや20代前半は、そもそも家電を買うお金すら惜しんでいた。引っ越し時の面倒を最小限にするために、最低限の冷蔵庫・洗濯機くらいしか持たなかったし、昼ご飯を外で済ませるほうが「楽で安上がり」だと錯覚していた。
それが今や冷凍庫を増設し、まとめ買いした食品を充実させてるなんて、ちょっとした進化だ。贅沢でもあるけれど、逆に「外に出るのがめんどくさい」という退化かもしれない。いや、そもそも出不精だから変わらないか。
とはいえ、今のところはこれで困らないから、もう少しこの生活を続けるだろう。冷凍食品に飽きたら、たまに外食する。それでもまた家に戻り、冷凍庫から別の弁当を取り出す。お昼を決めるとき、僕が冷凍庫を開いて「今日はハンバーグでいい?」と妻に訊き、お茶子は「自分の分はないか」とキッチンでお座りをする。満足そうに犬用スープを作ってあげている間に、電子レンジが「チーン」と鳴る。パッケージをはがして器にあけ、見た目が少しマシになった冷凍弁当を夫婦で食べる。
「なんだかどんどん堕落していくなあ」と感じることもある。そもそも僕は在宅ワークでほとんど外に出ないし、犬の散歩すら「ちょっと面倒だな」と思う日もある。
でも、結局のところ「自分が楽できるならそれでいいじゃないか」と開き直ってしまう。世の中にはわざわざ外へ出てランチを楽しむ人もいるし、それが活力になる人もいる。
僕らは単に「昼は簡単に済ます」ほうが合ってるだけ。誰かに強制されてるわけでもないし、妻も冷凍弁当を温めるだけで済むなら作る負担が減って助かってるだろう。たぶん。
この先、また気が変わって「ちゃんとお昼を毎日作ろう」って日が来るかもしれない。あるいは一生来ないかもしれない。
でも、それも含めて「いまこの瞬間、楽で少し節約になるなら、それでいい」という軽い判断基準で動いてるのが僕たちの日常だ。
誰かに「もっとちゃんと料理したほうがいいんじゃない?」と指摘されても、「え、でも面倒だし、これで満足してるよ」ぐらいの返しで終わると思う。まあ、毎日一生懸命に頑張ってご飯を作っている人たちからしたら、酷く堕落した生活なんだろうけど、この暮らしがいちばん気楽で、僕にはちょうどいいんだろうなと思う。
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