YouTuberになればよかった
大学時代、少林寺拳法にどっぷりはまっていた頃を思い出すと、今さらながら「やらかしたな」と思うことがある。
後悔ってほどでもないけれど、「あの時こうしておけばなあ」という軽い後悔だ。当時、部活ばっかりやっていたせいで、YouTubeとかSNSに挑戦する機会を完全に逃してしまった。
まだYouTubeが初期の初期で、HIKAKINでさえYouTube始めたてくらいの、そんな時代。あのときから参入していれば、今ごろとんでもなく違う人生があったんじゃないかな、とか想像してしまう。
少林寺拳法を練習していた場所は、関西外大の一室。板張りの床で、柔道部や空手部、ダンス部も集まる会館だった。
すぐそばには共用のトレーニングジムがあって、いつもどこか汗臭く、多少ムッとした空気が漂っていた。僕はその中でずっと突きや蹴りを繰り返し、技の精度を高め、全日本で3位を2回も取った。
頑張ってる自分を誇らしく思い、「努力すればたいていのことはうまくいく」って、全然根拠のない自信だけがムクムク育ってしまった。
でも、社会に出たらそんな武術の実績は何の役にも立たなかった。メモはとれないし、メモとってもなくすし、数字苦手、言語化苦手。自信だけはあったが、現実にはポンコツな若者だった。
もしあのころ、「YouTubeって知ってる?」レベルの認知度だったあの新しい媒体を掘り下げていたら、どうなっていたんだろう。SNSといえばmixiがせいぜいで、部活仲間に強制的に参加させられた程度。今はSNSで飯食ってる僕からすると、信じられないほど無知だった。
当時、先輩が「こんな武術動画があるんだ」とYouTubeを見せてくれたことがあったけれど、正直、ただの珍しい映像くらいにしか思わなかった。そこから発信者として参入しようなんて考えも浮かばない。それをやっていれば、10年、15年経った今、HIKAKINとコラボして「昔からやってます」みたいにドヤれたかもしれない。ストレッチトレーナーとしてX(旧Twitter)でプチブレイクした5年前なんて比べものにならないくらいの勢いで、違う世界線を歩けたかも……なんて、たらればを言っても仕方ないんだけど。
だけど、あの時は本当に武術しかなかった。心の奥底で、「自分は何でもやればうまくいく」なんて根拠のない自信を持っていたし、そのまま空回りして借金したり仕事を転々とした20代を過ごしたわけで、それもまた今の僕を作っているんだろう。YouTubeに早くから目をつけていたら、確かにビジネス的には賢かったかもしれない。
でも、実際は迷走したからこそ、今こうしてエッセイを書きながらグダグダ考え事をしているわけで、まあ人生なんてそんなもんだ。
あなたはどうだろう。過去に「これやっとけばよかったな」という分かりやすい後悔、あるだろうか?
僕は、あの汗臭い会館と板張りの床、日々繰り返した突きや蹴りを思い出すと、ほろ苦いような、なんとも言えない気分になる。あれはあれで楽しかったし、たぶんやりたくてやってたんだから仕方ないよな、と自分に言い聞かせるしかない。
結局、僕はそのときの選択肢が見えなかっただけで、「もしも」を考えること自体が、今となってはちょっと愚かしい。でもまあ、愚かしい妄想が少しくらいあってもいいよな、とも思う。
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