映画「国宝」を観るためのお膳立て
映画「国宝」をひとりで観てきました。
その”観る”までに至った経緯を、今日は書いてみます。
心のセッションの勉強をしており、
一緒に勉強をしているその仲間から
「国宝」を見たらとても今の勉強の参考になった、おすすめだ!と聞きました。
それまでなんとな~く気になっていたものの、
我が子は連れて行けないしほかの家族は興味ないし
ひとりで夏休みに映画に出かけるなんて無理かなと、思っていました。
でもセッション仲間から聞いたその時、
「これは絶対にみにいこう」となぜか思ったのです。
いつにしよう?とその場でスケジュールを確認すると・・・
翌日に時間が取れそうでした。
もともと別のしごとが入っていたのですが、
それが急遽キャンセルになったのです。
さらに、子どもも同伴させる予定で預け先も決めていなかったのですが、日ごろは嫌がる学童にすんなり「行く」と言ってくれたのです。
つまり、
観に行けるような手筈が整ってしまった。
と、いうことは。
これは見るべし、ということなんだなとなんとなく感じていました。
そして、その翌日。
映画館に入る前に、映画館の近くにある神社にお参りしたとき。
その映画を観るお膳立てをしてくださったのが、
ここの神様だったと分かりました。
たまたましごとがなくなったこと、
子どもがあっさり学童へ行ってくれることになったこと、
仲間が「いいよ」と口コミですすめてくれたこと。
その全てが映画館の近くにある、
今までも何度か参拝していた神社の神様によるものでした。
そしてそのお参りで「楽しんでおいで」
そしてこの話をまたここのnoteに「書くといいよ」と
お伝えくださいました。
今までも、こういうことがあったのです。
どうしても上の子と深い話を邪魔されずにする必要があった時は、
下の子がお友達の家に泊まりに行くことになったり。
たまたま友人が我が家に泊まりに来ることになった日が、
子どもたち不在の日だったり。
友人にあげる予定のものを、今回はいいやと持って行かずにいたら、
結局我が家に来て一緒に味わうことになったり。
まるで、
「そのため」に用意された現象だったというようなことって、思い当たることありませんか?
今回の映画を観るためのお膳立てが分かった時、
ふと、今までのこんな現象も日頃お参りしているご神仏からの「お膳立て」だったのかもしれないなと思いました。
大事な未来の場面は、決まっている。
そこに至る道のりは、紆余曲折いろいろな選択で変わって来る。
・・・と、思っていたけれど、その「紆余曲折」がじつは、
目には見えないところからの応援やサポートなのかも、しれないですね。
ありがたく、観た「国宝」については、
次回詳しく書きたいと思います。
こういう「お膳立て」の話にも関わって来るから・・・。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
