僕の音楽の聴き方を変えた、KinKi Kids
僕には、ずっと好きなアーティストがいる。
KinKi Kidsだ。
今では、毎日のように聴いている。
朝、起きたとき。
学校へ行くとき。
学校から帰るとき。
何か作業をしているとき。
気づけば、いつもKinKi Kidsの曲が流れている。
でも、最初からこんなに好きだったわけではない。
僕がKinKi Kidsを知ったのも、好きになったのも、あるタイミングだった。
そして、そのタイミングが、自分にとってすごく大きかったのだと思う。
最初は、ただ「曲調が好き」だった
昔の僕にとって、音楽は「曲調を楽しむもの」だった。
テンポが好き。
メロディーが好き。
リズムが気持ちいい。
そんな理由で曲を聴いていた。
歌詞ももちろん耳には入っていた。
でも、
「この歌詞にはどういう意味があるんだろう」
と考えることは、ほとんどなかった。
そんな僕がKinKi Kidsを知った。
最初に惹かれたのは、やっぱり曲だった。
特にリズム感が好きだった。
聴いていて気持ちいい。
何度も聴きたくなる。
そして、どこか色っぽい。
自分でもうまく説明できないけれど、
「なんかえろい」
と思う曲がある。
声の感じだったり、リズムだったり、歌い方だったり。
いろいろなものが重なって、そう感じるのだと思う。
だから最初は、深く考えずに聴いていた。
「この曲好きだな」
それだけだった。
何度も聴いているうちに、歌詞が気になった
でも、KinKi Kidsを何度も聴くようになって、少しずつ変化が起きた。
あるとき、歌詞の一部分が気になった。
「この言葉って、どういう意味なんだろう」
そこからだった。
一つの言葉について考えるようになった。
そして、もう一度その曲を聴いてみる。
すると、今まで気にしていなかった歌詞が耳に入ってくる。
「ここって、こういうことなのかな」
「この人は、どんな気持ちなんだろう」
「どうして、この言葉を使ったんだろう」
そんなことを考えるようになった。
すると、同じ曲なのに前とは違って聞こえた。
最初はリズムが好きだった。
次はメロディーが好きになった。
そのあとに、歌詞が気になった。
そして歌詞について考えるようになった。
これが、僕の音楽の聴き方が変わった瞬間だった。
「思い出たちだけ横切るよ」
僕は、KinKi Kidsの歌詞の中でも、失恋や思い出を描いているような言葉が好きだ。
たとえば、
「思い出たちだけ横切るよ」
という表現。
最初に聴いたときは、
「いい歌詞だな」
くらいだった。
でも、何度か聴いているうちに、この言葉の意味を考えるようになった。
失恋したときに、
「寂しい」
「つらい」
と言うこともできる。
でも、この歌詞ではそう言わない。
そこにいるはずだった人はもういない。
残っているのは、その人との思い出だけ。
その思い出が、自分の前を横切っていく。
そんな景色を想像すると、すごく寂しい。
でも、その寂しさを直接「寂しい」と言っていない。
何かに例えたり、景色として表現したりする。
僕は、そういう歌詞が好きだ。
生々しいのに、直接的すぎない。
だからこそ、自分で想像できる。
自分なりの意味を考えることができる。
「痛みがあるから輝く」
「痛みがあるから輝く」という言葉も好きだ。
痛みは、できれば感じたくない。
失恋もしたくない。
別れも経験したくない。
後悔だってしたくない。
でも、痛みを経験したからこそ、大切だった時間に気づくこともある。
そのときは当たり前だったことが、終わってから振り返ると、ものすごく大切なものになっている。
楽しかったから輝いているだけではない。
終わってしまったからこそ、輝いて見えることもある。
そう考えると、「痛みがあるから輝く」という言葉は、恋愛だけの話ではないようにも感じる。
今、自分が普通に過ごしている毎日も、いつか振り返ったら輝いて見えるのかもしれない。
学校に行くこと。
友達と話すこと。
家に帰ること。
朝起きること。
好きな音楽を聴くこと。
今は当たり前だと思っていることも、いつかは思い出になる。
そう考えるようになった。
「今も昔も」
KinKi Kidsを聴いていると、過去と今がつながるような感覚がある。
昔聴いていた曲を、今になって聴き直す。
すると、同じ歌詞なのに、以前とは違うところが気になる。
昔は何とも思わなかった言葉が、今は心に残る。
逆に、昔好きだった部分が、今はそこまで気にならないこともある。
曲は変わっていない。
変わったのは、自分のほうだ。
だから、昔の曲を今聴くことが面白い。
「今も昔も」という感覚。
昔の自分が聴いていたKinKi Kidsと、今の自分が聴いているKinKi Kids。
同じ曲なのに、自分の中での意味は少しずつ変わっている。
これから先、もっといろいろな経験をしたら、また違う聴こえ方になるのだと思う。
KinKi Kidsを聴く時間
僕はKinKi Kidsを毎日のように聴いている。
朝、起きたとき。
朝の気分がいい。
音楽を聴きながら一日を始めると、「今日も頑張ろう」と思える。
登校中も聴く。
いつもの道を歩きながらKinKi Kidsを聴いていると、普段の景色が少し違って見えることがある。
下校中にも聴く。
一日の終わりに聴くと、その日の出来事と歌詞が重なって聞こえることもある。
作業中にも聴く。
気づけば、一日のいろいろな場面にKinKi Kidsがいる。
だから僕にとってKinKi Kidsは、単に「好きなアーティスト」ではない。
もう、日常の一部になっている。
同じくらいの年齢だからこそ
KinKi Kidsを好きになった理由は、音楽だけではない。
活動してきた姿にも、すごく尊敬するところがある。
自分と同じくらいの年齢で芸能活動を頑張っている。
学校にも、普通の学生のようには通えていない。
自分とはまったく違う環境で生活している。
もちろん、実際にどれだけ大変だったのかを、僕が全部理解できるわけではない。
それでも、自分と同じくらいの年齢の人が、普通とは違う環境の中で仕事をして、たくさんの人の前に立っている。
それを見ると、すごいと思う。
尊敬する。
でも、それと同時に、自分の日常についても考えるようになった。
「普通」って、ありがたい
学校に行く。
授業を受ける。
友達と話す。
家に帰る。
好きな音楽を聴く。
僕にとっては普通のことだ。
普段は、それを特別なことだとは思わない。
でも、KinKi Kidsの活動してきた姿を知ると、
「普通に学校に行けるって、ありがたいことなんだな」
と思うようになった。
もちろん、自分の生活が大変ではないと言いたいわけではない。
学校には学校の大変さがあるし、毎日の生活にも悩みはある。
それでも、自分には自分の時間がある。
学校へ行って、帰ってきて、好きなことをして、好きな音楽を聴く。
そういう日常がある。
KinKi Kidsを知ったことで、そんな当たり前のことにも感謝するようになった。
好きになったタイミング
僕がKinKi Kidsを知ったのも、好きになったのも、今の自分にとって意味のあるタイミングだったと思う。
もし、もっと前に知っていたら。
もし、もっと後に知っていたら。
今と同じように好きになっていたかは分からない。
そのときの自分には、その歌詞の意味が分からなかったかもしれない。
今だからこそ、響く言葉がある。
今だからこそ、理解できる感情がある。
だから、音楽との出会いにはタイミングがあるのだと思う。
「たまたま知った」だけなのかもしれない。
でも、その「たまたま」が、自分の中では大きな出来事になった。
KinKi Kidsを知ったことで、音楽の聴き方まで変わった。
それだけでも、自分にとっては大きな出会いだった。
将来は、不動産デベロッパーになりたい
僕には将来の夢がある。
不動産デベロッパーになりたい。
建物をつくって、人を喜ばせたい。
ただ建物を建てるだけではなく、
「ここに来てよかった」
「この場所が好き」
「この建物を見ると、あのときを思い出す」
そんなふうに思ってもらえるものをつくりたい。
そう考えると、KinKi Kidsの音楽と少し似ているところがある気がする。
音楽は目に見えない。
建物は目に見える。
全然違うものだ。
でも、どちらも人の記憶に残ることがある。
一つの曲が、誰かの青春になる。
誰かの失恋の思い出になる。
つらいときに支えてくれるものになる。
同じように、一つの建物が誰かの思い出になることもある。
初めて行った場所。
家族と過ごした場所。
友達と遊んだ場所。
大切な人と出会った場所。
建物そのものだけではなく、そこで過ごした時間が記憶に残る。
僕は、そんな場所をつくりたい。
人の心に残るもの
KinKi Kidsを好きになってから、僕は「人の心に残るもの」に興味を持つようになった気がする。
曲そのものがすごいだけではない。
その曲を聴いた人が、何を感じるか。
どんな景色を思い浮かべるか。
どんな思い出と結びつくか。
そこに面白さがある。
建物も同じなのではないかと思う。
デザインがきれいだから終わりではない。
便利だから終わりでもない。
その場所で誰かが楽しい時間を過ごして、
「またここに来たい」
と思ってもらえる。
何年後かに、
「あの場所、好きだったな」
と思い出してもらえる。
そんな建物をつくれたらいい。
これから、どう聴こえてくるんだろう
今の僕は、まだ学生だ。
これから先、いろいろな経験をすると思う。
失恋するかもしれない。
大切な人との別れを経験するかもしれない。
仕事をするようになるかもしれない。
自分でお金を稼ぐようになるかもしれない。
建物をつくる側になるかもしれない。
今はまだ分からないことがたくさんある。
でも、そうやって経験が増えていけば、今聴いているKinKi Kidsの曲も、また違って聞こえるのだと思う。
今は分からない歌詞の意味が、いつか分かるかもしれない。
今は何とも思わない言葉が、未来の自分には刺さるかもしれない。
逆に、今すごく好きな歌詞が、いつか違う意味に聞こえるかもしれない。
それが楽しみでもある。
これからもKinKi Kidsを聴いていたい
これから先、僕はどんな大人になるのだろう。
将来、本当に不動産デベロッパーになっているのか。
どんな建物をつくっているのか。
どんな場所で暮らしているのか。
今とは違う人間関係になっているかもしれない。
今とは全然違う悩みを抱えているかもしれない。
それでも、KinKi Kidsを聴いていたい。
朝、起きたとき。
仕事へ向かうとき。
建物をつくる仕事をしているとき。
帰り道。
一人で何かを考えているとき。
今と同じように、KinKi Kidsの曲を聴いていたい。
そして、そのときに今の僕とは違う感想を持ちたい。
「昔はこの歌詞の意味が分からなかったな」
と思うかもしれない。
「あの頃は、この曲をこういうふうに聴いていたな」
と思うかもしれない。
そうやって、音楽と一緒に自分も変わっていけたらいい。
曲は変わらない。変わるのは自分
僕にとってKinKi Kidsは、ただ好きなアーティストではない。
音楽の聴き方を変えてくれた存在だ。
曲調だけを聴いていた自分が、歌詞を考えるようになった。
歌詞を考えるようになって、自分の感情について考えるようになった。
自分の感情について考えるようになって、自分の日常についても考えるようになった。
そして、将来、自分はどんなものをつくりたいのかまで考えるようになった。
音楽一つから、ここまで考えるようになるとは思わなかった。
でも、それが今の僕にとってのKinKi Kidsなのだと思う。
今はまだ、分からない歌詞もたくさんある。
これから経験することもたくさんある。
だからこそ、これからも同じ曲を聴いていきたい。
そのたびに、違うことを感じたい。
昔の自分。
今の自分。
未来の自分。
同じ曲を聴いていても、きっと感じることは違う。
曲は変わらない。
変わるのは、自分のほうだ。
そしていつか、自分がつくった建物の前でKinKi Kidsを聴く日が来たらいい。
その建物を見た誰かが、
「ここ、なんか好きだな」
と思ってくれたらいい。
音楽でも、建物でも。
自分が生み出したものによって、誰かの心が少し動く。
そんな人になりたい。
その始まりにあるのが、僕にとってKinKi Kidsなのだと思う。
これは3日間原稿から書いて頑張った貴重なものです。最後の修正で一部AIで言葉遣いを変えたが自分の思いが詰まっています。
