何気なく見ていたニュースが「記事の種」に変わった
noteを始める前と今とで、一つだけ大きく変わったことがあります。
それは、ニュースの見方です。
といっても、政治や経済の難しい話ではありません。私が見るのは、暮らしや健康、お金、季節の話題など、生活に身近なニュースです。
以前は、「そうなんだ」で終わっていました。
新しいコンビニスイーツが発売された。
今年の夏は猛暑になりそう。
食料品がまた値上がりするらしい。
そんなニュースを見ても、「へぇ」で終わり。
数分後には、何を見たのか忘れていることもありました。
でも、noteを書き始めてからは違います。
ニュースを見た瞬間に、「これって記事になりそう。」そんなことを考えるようになりました。
もちろん、ニュースの内容をそのまま書くわけではありません。
私が考えるのは、「私はどう思ったかな?」
「これって実際の暮らしではどうなんだろう?」
「読んでくれる人なら、どんなことが気になるかな?」ということです。
例えば、値上げのニュースを見たら、「じゃあ私は今年の夏、どんな出費を見直したかな」と考えます。
健康に関するニュースなら、「私が実際に続けていることを書いてみようかな」と思います。
猛暑のニュースなら、「夏を少しでも快適に過ごす工夫をまとめよう」と考えます。
ニュースは、記事そのものではなく、「考えるきっかけ」になりました。
だから、以前よりもニュースを見る時間が楽しくなりました。
毎日何か面白い話題はないかな、と探している自分がいます。普段の生活の中に、意外なくらいたくさん転がっています。
ニュースを見ていてもそうですし、スーパーで買い物をしているときや、通勤中にふと思ったこともそう。
「あ、これ書けるかも。」
そう思う瞬間が少しずつ増えました。
そしてもう一つ変わったのは、「自分の考え」を持つようになったことです。
以前はニュースを見ても、「そうなんだ」で終わっていました。
今は、「私はどう思う?」と一度立ち止まります。賛成か反対か、ではありません。
「私はこう感じた。」
「私はこうしてみよう。」
その小さな感想を言葉にするようになりました。
記事を書くことは、誰かに伝えることでもありますが、自分の考えを整理する時間でもあるんだなと思います。
もちろん、毎回「これは絶対に書ける!」というテーマが見つかるわけではありません。
何も思いつかない日もあります。
それでも、アンテナを張って生活するようになったことで、以前より毎日が少しだけ面白くなりました。
何気ないニュース。
いつもの暮らし。
当たり前だと思っていた出来事。
それら全部が、「記事の種」になるかもしれない。そう思うと、毎日が少しだけ宝探しのようです。
何気なく見ていたニュースが、記事の種に変わった。
それは、私がnoteを始めてよかったと思える、小さな変化の一つです。
