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2025/07/06

自分の思うことや話したいことを素直に口にできるのは、大人になるにつれ知らないうちになかなか難しいことになっている気がする。

どうしても「大人としての振る舞い」を優先して素直な気持ちを自分の奥に押し込むということが日常的に起きていて、社会で生きていくうちに自然とそれに慣れていく。馴らされているのかもしれない。

なんとなく漠然とした「いわゆる大人像」「社会人としての通常の大人像」をみんながなんとなく抱き、みんながそのイメージに沿って行動する。そう行動すべきだと無意識に思っているのかもしれない。

確かにその「みんなの気遣い」のおかげで社会が成り立っているところは大いにあるだろう。でもその気遣いが「嫌々仕方なく義務としてやっている」感触がある人達ばかりだとしたら、その「気遣い」によって成り立つ社会は望ましいものだろうか。
(こう書いてみて、だからこそ「選挙に行こう」という気持ちになるんだと思った。自分の思いを伝える手段であり権利であり、社会を成り立たせる「みんなの気遣い」が本当に心地のよいものにするための道でもあると思うから)

ユートピア・ディストピアのような話をしたいわけではないが、自分の素直な気持ちや考えを素直に口に出したり表明できる時が人間誰しも必要だと思う。大人子ども関係なく。
そういった時間、場所、空間を共にできる人と共にいることが幸せに生きるということだと思う。

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