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書く覚悟

今日、サロンで、少し心に残る相談を受けた。

詳しいことは書かない。その人の人生だから。

ただ、帰ってからも、その人のことが頭から離れなかった。

「大丈夫かな」

そう思う気持ちと同時に、「この人が私にこの話をしてくれたことには、何か意味があるんだろうか」……そんなことまで考えていた。

私は、ネイルデスクの向こうに座る人は、私だと思っている。

私のカケラ。

だから、目の前の人の話を聞いていると、ときどき、その人の人生の中にある何かが、自分の中の何かを揺らす。

今日もそうだった。

そして、ふと思った。

私はこれから、本を書く。たぶん、誰かの心を動かすための本を書く。

そうしたら、その言葉を読んだ誰かの心が動いて、何かを考えたり、誰かに話したり、何かをやめたり、何かを始めたりするかもしれない。

その小さな変化が、その人の人生を動かすことだってある。

そう考えたら「私は、その覚悟を持てるんだろうか」と思った。

言葉って、思っているよりずっと強い。

そんなことを考えながら、夜、「ラブ上等」を見ていた。

そこに出てくる人たちは、私の幼少期なんて「幸せだった」と思えてしまうくらいの経験をしていた。

私は、ヤンキーになったわけじゃない。

落ちることを選ばなかった。

自分の人生を守りながら生きてきた。

ちゃんとしようとした。

人の気持ちを考えた。

大丈夫と言った。

笑った。

私には私なりの、生き延びる方法があったんだと思う。

でも、そこで少し不安になった。

私は、自分とは違う道を選んだ人に届く言葉を持っているんだろうか。

荒れた人。

逃げた人。

戦った人。

誰かにすがった人。

ずっと我慢した人。

ちゃんと生きてきた人。

歩いてきた道は、みんな違う。

だから、私は「あなたの気持ちが分かります」とは言えない。

分かったふりはしたくない。

でも、もしかしたら。

その違う道の奥には、共通するものがあるのかもしれない。

自分を守りたかった。

愛されたかった。

分かってほしかった。

安心したかった。

そのときの自分にできる方法で、自分を守ろうとした。

だったら私は、「あなたは、あのとき何を守りたかったんだろう」という問いを、一緒に見つけることはできるかもしれない。

私は、人を正す本を書きたいわけじゃない。

誰かを救ってあげる本を書きたいわけでもない。

その人自身が、自分の心を見るための言葉を書きたい。

「私は、あのとき何を守りたかったんだろう」

「本当は、何を望んでいたんだろう」

そうやって、自分の人生をもう一度、自分の手に戻していけるような本。

今日、ひとつの相談を受けたことで、私は、自分がこれから書こうとしているものの重さを、少しだけ知った気がする。

人の心を動かす言葉を書くということ。

それは、とても怖い。

でも。それでも私は、書きたい。

誰かの人生に触れる言葉を。

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