【詩文散策】北原白秋「老いしアイヌの歌」
2019年頃から意識的に「書く」ということを心がけ、次第に生業として文章をしたためるようになりました。
取材記事や書評をオンラインメディアや専門誌の紙面に寄稿するようになり、団体の広報誌の編集・執筆に取り組むといったことも経験させていただきました。
しかし、今なお日本語の美しさ、奥深さ、豊かさをまだまだ知らない、と感じます。
そうした中で、青空文庫などを巡り、日本語表現の深淵を探究するような取り組みとして『詩文散策』というマイプロジェクトを始めてみることにしました。
現在では馴染みのない漢字表現、日本語表現にルビをふり、丁寧に音読しながら味わえるような、そんなまとめをマイペースに続けてみようと思います。
最初に取り上げたのは、北原白秋の「老いしアイヌの歌」です。(画像はイメージです)

北原白秋「老いしアイヌの歌」
アイヌはよ、老いしアイヌ。
神アヱオイナ、アイヌ・ラクグル(アイヌの臭ひある人)の後、
神ながら蘩蔞の頭、土の体、柳の脊骨、
シネ・シツキ・プイコロクル(眼窩の人)
神神の髪の毛の人。
彼こそはげに、カムイ・オトプ・ウシユ・グルなれ。
彼アイヌ、眉毛かがやき、白き髯胸にかき垂り、
家屋の外に萱畳敷き、さやさやと敷き、
厳かしきアツシシ、
マキリ持ち、研ぎ、あぐらゐ、
ふかぶかとその眼凝れり。
彼アイヌ、蝦夷島の神、古伝神、オキクルミの裔。
ほろびゆく生ける屍。
夏の日を、白き日射を、うなぶし、ただに息のみにけり。
彼アイヌ、家屋の空見ず、さやら葉の青の長葉の、
アイサク・ピヤパ(髯なき稷)
フレ・ピヤパ(赤き稷)
チヤク・ピヤパ(はぜ稷)
ヤムライタ・ヨコアマム(藪虱に似し稷)、
また、脚高の熊檻、
仔の熊の赤き舌見ず、
汗垂らし、拭ひもあへず。
彼アイヌ、老いたる鷲、古り皺み、病み倦んずる者。
ましら髯、厳かしきアツシシ、
マキリ持ち、研ぎ、あぐらゐ、オンコそぎ、心恍れり。
彼アイヌ、よく黙し、念じ、かつ、しかく黙せり。
彼、キム・ヲ・チパスクマ(山の教義)の徒、
チクニ・アコシラツキ・オルシユペ(樹の守護の教義)の徒、
地上の者、聖シランパの子、黙想者、聖トボチの僕。
彼はかく念ずらし。
アトニ・ウエンユク(悪楡)去れ。
ニ・アシユ・ランゲ・グル(をを、汝立木人よ)
キサラハ・ランゲ・シヌブル・カムイ(をを、汝木の皮の尊き鬼神よ)
オー・トイヤン・クツタリ(汝地上に拡張せる者よ)
総て善し、吾は拝せり。
吾は老い、吾は嘆けり。
吾は白し、早や輝けり。
吾は消えむ、ああ早や。
吾が妻、吾が子、吾が弟、
吾が族の、残れる者、
ことごとく滅せん。
オンコ(いちゐ)よ、
吾が削る、紅柔き兎の肉なすオンコよ、
しかく光らん。
彼アイヌ、老いたる鷲。
蝦夷島の神、
古伝神、オキクルミの裔。
ほろびゆく生ける屍
光り、かつ白き屍。
彼アイヌ、眉毛かがやき、白き髯胸にかき垂り、
厳かしきアツシシ、
マキリ持ち、研ぎ、あぐらゐ、
真夜なす眼の窩のアイヌ、
今は善し、オンコ削ると、
息長に息吹き沈み、
恍れ、遊び、心足らふと、
そのオンコ、たらりたらりと削りけるかも。
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