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あの『ポツンと一軒家』にツレが出演した話【2018年特番第2弾】

人気番組『ポツンと一軒家』。
レギュラー化前の特番第1弾を見て「ツレの家にも来るかも」と思っていたら、その予感はすぐに当たりました。なんと特番第2弾で、本当に取材班がやってきたのです。

上空から見た一軒家

若い頃は芸能関係の方から『背景のように居てくれればいい』と誘われ、TVに出た事もあるというツレ。ただ、お酒や麻雀などの付き合いが苦手なうえ、『自分は外見だけで中身が無いから』と、それ以外の誘いはすべて断っていたそうです。

20代のツレ

そんな彼がマクロビオティックに出会い、玄米食や田舎暮らしにも興味を持ったのは自然な流れでした。十津川村の『ウィルダネス(野性味)』に惹かれ、移住を決意。息子が自立してからは村内で別居し、ツレは古道を2kmも歩いた先にある集落の家で、一人暮らしを始めた。

ちょうど『昔のようにもう一度だけTVに出たい』と思っていたタイミングで、取材班が到来。しかも担当ADがロック好きで話しが合ったそうで、それが出演の決め手になったと言っていました。

愛犬ピースと

愛犬ピースと出演した番組は好評を博し、その後レギュラー化が決定。翌年のお正月には再放送もされるほどでした。

村内での認知度も上がり、ツレは『久しぶりに人から見られるスター気分を少し味わった』と嬉ししそうでした。

ヒマラヤやアンデスもトレッキングしたツレ
山中は静かで美しい

番組では、1970年代の定職につかず自由を求めるヒッピーのような生活ぶりや、私たちが出会った国分寺の『ほら貝』でのエピソードも紹介されました。

国分寺のほら貝

『生きるって何だろう』と問い続けてきたツレ。ロックもレゲエも魂に響くリズムが好きで、ボブ・マーリーのライヴを東京とニューヨークの両方で体験しているほど。『ロックの真髄は解放と変革だ』と、熱く語っていました。

欲望から解放されて良い顔に

1月に番組が放送され、3月には国分寺でコミューン『部族』の50周年イベントが開催されました。参加した友人によると、そこでもツレの出演が話題になっていたそうです。

七輪を使う

屋久島に暮らした詩人・山尾三省さんの本を読んで移住する人が多いように、この番組を見て田舎暮らしを志す人もいると聞きます。私たちが「部族」から学び実践してきた「歩く生活」や「火を使う生活」。それらを番組を通して伝えられたことは、出演した大きな甲斐があったと改めて感じています。

私は仕事で撮影に立ち会えませんでしたが、『次は奥様も出演してください』と言われていたので、その時点でレギュラー化や続編の構想はあったのでしょう。その後、再三出演以来をいただきましたが、本人が最も熱く語った政治の話が全てカットされていたのが残念だったらしく、それ以降の出演はお断りしました。

ただ、スタジオゲストの羽田美智子さんに『素敵な人ですね』と言われたことは素直に嬉しかったようです。友人たちからは羨ましがられ、息子からも『その言葉が良かったね』と言われる始末。いくつになっても、男心は共通なのですね。

言葉は無くても通じ合っている

番組主演から5年後の2023年8月18日。に山崩れした道の上から滑落し、ツレは74歳で旅立ちました。

毎年お盆には集落で上がる花火を見るため、私もあの一軒家に泊まりに行っていました。夜空に咲く大輪の花火を見上げ、『綺麗だ』と何度も繰り返していたツレ。愛犬ピースもまた、里に下りる事なく、厳しい自然の中でサバイバルしながら一軒家を守り、その命を閉じました。ツレもピースも最後まで自分らしく生き抜いた見事な生涯でした。

葬儀は息子と二人、火葬のみで静かに執り行いました。フェイスブックでお知らせをしたところ、友人のお坊さんが呼びかけてくれ、多くの方が同時刻にお経を上げてくれたそうです。今は友人の寺で眠っています。

懐かしい一軒家の庭

そして現在、あの場所へ続く道は崩落し、もうあの一軒家には行くことができなくなりました。ツレとピースが守り続けたあの場所は、今では記憶の中だけに存在する「ポツンと一軒家」となりました。

二人の生活や最期については、また改めて詳しく書きたいと思います。

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