24歳、月1000ドル未満。Amirが5000万人の頭を軽くした理由
2009年、24歳のAmir Salihefendicは、きっと手が震えるようなメールを読んでいた。
彼が作ったToDoアプリ、Todoistは、まだ月1000ドル未満しか売上がなかった。大会社でもない。大きなチームもない。あるのは、自分の混乱をなんとかしたくて作った小さな道具だけだった。
そこへ、シリコンバレーの有名な投資家から話が来た。資金を出す可能性がある。ただし、その投資家が最初に考えたのは、Amirではない別の人をCEOにすることだった。
想像してみてほしい。
自分の机で、自分の夜を削って作ったものがある。まだ小さい。お金も足りない。そこへ「大きくできるかもしれないお金」が見える。でも、その代わりに、舵を握る手を誰かに渡すかもしれない。
Amirは、その道を選ばなかった。
この話のおもしろさは、「投資を断ったから偉い」という単純な美談ではない。彼は派手な一発逆転を狙ったのではなく、もっと地味なことを選んだ。自分の問題を自分で解き続けること。毎日使う人のために、少しずつ道具を磨くこと。会社を売る日ではなく、10年後も残る道を考えること。
その小さなリストは、2024年には3000万人超、現在の公式サイトでは5000万人超の人が使うとうたわれる道具になった。
なぜ、ただのToDoリストがそこまで育ったのか。
答えは、すごいアイデアよりもずっと近くにある。
すべては、頭の中が散らかりすぎた大学生から始まった
Todoistの原点は、「世界を変えるぞ」と叫んだプレゼンではなかった。
Doist公式の説明によると、最初にいたのは、授業と複数の仕事で追い込まれていたコンピューターサイエンスの学生だった。Amirは、やることが多すぎて、頭の中だけでは管理できなくなっていた。
レポートがある。仕事がある。勉強がある。返信しなければいけないことがある。明日やることも、来週やることも、忘れたら困ることもある。
その全部が、頭の中でぐちゃぐちゃに積み上がる。
そこで彼は、小さなアプリを作った。自分のタスクを並べるための道具だ。名前はTodoist。いま見ると、当たり前に聞こえるかもしれない。でも、最初の大事なポイントはここにある。
彼は「市場調査で見つけた空白」を埋めたのではない。
彼は、今日の自分が困っていることを解いた。
この違いは大きい。
多くの人は、何かを始める前に「すごいテーマ」を探す。誰もやっていないこと。ニュースになること。人に自慢できること。けれど、そんなものは簡単には見つからない。
一方で、自分が毎日困っていることなら、もう目の前にある。
朝起きられない。勉強の予定が崩れる。部活と宿題の両立ができない。ノートが散らかる。英単語を続けられない。友だちとの約束を忘れる。
小さすぎて、起業のテーマには見えないかもしれない。でも、毎日くり返す不便は、意外と強い。なぜなら、それは自分だけではなく、同じように困っている人がどこかにいる可能性が高いからだ。
Amirがあとで書いた文章でも、彼は「次のアイデアを探すなら、自分が抱えている問題を解くのがよい」という趣旨を語っている。彼は、最初から大きな会社を見ていたのではない。自分の混乱を見ていた。
ここが、Todoistの強さの種だった。

2007年、ただの横道プロジェクトが外へ出た
Todoistが生まれたのは2007年。スマホも今ほど当たり前ではなく、仕事道具の多くはパソコン中心だった。
その頃、ToDoアプリはすでに存在していた。だから、Todoistは「世界初」ではない。ここも大事だ。
成功するものは、必ずしも世界初でなくていい。
Googleは最初の検索エンジンではない。Facebookは最初のSNSではない。YouTubeは最初の動画サイトではない。大事なのは、「すでにある問題を、今より使いやすくできるか」だ。
Amirが作ったのは、自分が毎日使うための道具だった。だから、派手な機能よりも、すぐ書けること、すぐ見られること、迷わないことが大事だった。
ToDoリストは、見た目だけなら簡単そうに見える。
でも、実際に作ると難しい。
やることを追加する。期限を決める。今日やることだけを見る。あとでやることを忘れない。仕事と個人を分ける。スマホでもパソコンでも同じ状態にする。チームでも使えるようにする。入力を速くする。通知をうるさくしすぎない。
ひとつひとつは小さい。でも、毎日使う道具では、小さなひっかかりが大きなストレスになる。
鉛筆の芯が少しだけ折れやすいと、毎日いやになる。靴ひもが毎朝ほどけると、だんだんその靴を履かなくなる。アプリも同じだ。毎日使うものほど、細かい違和感が残酷に効く。
Todoistは、そこを少しずつ直していった。
2012年には、TechCrunchがHTML5版の大型更新を取り上げている。Wikipediaの整理では、その頃には35万人のユーザーがいた。まだ今の数字から見れば小さい。でも、大学生の横道プロジェクトとしては、もう十分に「誰かの役に立つ道具」になっていた。
そして2013年には、The Next WebがTodoist Karmaを紹介した。タスクを完了するとスコアやグラフで見える仕組みだ。ゲームのように、でもゲームに飲み込まれすぎないように、毎日の進み具合を見せる。
ここにも、Amirらしさがある。
彼は、人を中毒にするためにゲーム性を使ったのではない。やるべきことを見失わないために、ほんの少し背中を押す形にした。
ただのチェックボックスを、生活のリズムに近づけていったのだ。
月1000ドル未満のときに、舵を手放さなかった
物語の転機は、成功の頂点ではなく、まだ小さすぎる時期に来た。
Doistの「出口戦略を持たない理由」という文章で、Amirは2009年の出来事を振り返っている。Todoistは当時、月1000ドル未満の売上だった。彼は24歳だった。そこへ、シード投資の話が来た。
ふつうなら飛びつきたくなる。
若い創業者にとって、数十万ドルの資金はとてつもなく大きい。サーバー代を心配しなくていい。人を雇える。もっと早く作れる。周りからも「本物のスタートアップだ」と見てもらえる。
でも、その話には危うさもあった。投資家側は、会社を進めるCEOとして別の人を考えていた。
Amirは、そこで気づいたのだと思う。
このお金は、ただの燃料ではない。ハンドルも一緒についてくる。
もちろん、投資を受けること自体が悪いわけではない。投資家と組んで大きく伸びる会社もたくさんある。問題は、何を得て、何を失うのかを自分でわかっているかだ。
当時のTodoistは、まだ小さかった。だからこそ、他人から見ると「もっと経験のある人に任せた方がいい」と思えたのかもしれない。でも、AmirにとってTodoistは、ただの投資案件ではなかった。
自分が困って作った道具だった。
自分と同じように混乱している人を助けるものだった。
だから彼は、支配権を急いで売らない道を選んだ。
小さいうちに守ったものが、大きくなったあとも会社の性格を決める。
これは、中高生にも関係がある。
たとえば、動画を作る。友だちとアプリを作る。文化祭の企画を進める。最初は小さい。でも、その小さな段階で「何を大事にするか」は、あとで効いてくる。
目立つためにやるのか。お金のためだけにやるのか。誰かにほめられるためにやるのか。それとも、本当に解きたい問題があるのか。
どれが正解かは、人によって違う。
でも、何も考えずに外の声へハンドルを渡すと、気づいたときには自分の道具ではなくなっている。
Amirは、速く大きくなるより、長く自分たちらしく続ける方を選んだ。
シリコンバレーに行かず、世界から仲間を集めた
Todoistのもう一つの転機は、働き方だった。
Doistは、リモートファーストの会社として知られている。公式サイトでは、2010年からリモートファーストで、VC資金は0ドル、ブートストラップで利益を出していると説明している。
ここでいうブートストラップとは、外部から大きな投資を受けず、自分たちの売上で会社を育てることだ。お小遣いの範囲で部活の道具を買い、売れたぶんで次の材料を買うようなものだ。
地味だ。時間もかかる。
でも、自由度がある。
Amirは、リモートワークについての文章で、最初の採用の話も書いている。彼が最初の人を雇ったとき、住んでいたのはチリのサンティアゴだった。Todoistは数千人のユーザーがいる小さなWebアプリだった。現地で必要な人材を探すのは難しかった。そこで、Elanceというオンラインの仕事サイトでカスタマーサポートの人を採用した。
それ以来、Doistはリモートファーストになった。
この判断も、ただの節約ではない。
シリコンバレーへ行けば、投資家に会いやすい。優秀なエンジニアにも会える。スタートアップらしい空気もある。けれど、そのぶん家賃は高い。人材競争も激しい。大きな資金を持つ会社と正面から戦うことになる。
小さな会社が、巨大な会社と同じ土俵で戦う必要はない。
Doistは、場所をずらした。
同じ街で人を奪い合うのではなく、世界中から仲間を探した。全員が同じ時間に返事をするのではなく、非同期で働く。つまり、すぐ返信しなくても仕事が進むようにする。会議を増やすのではなく、文章で考えを残す。
これは、Todoistという道具の思想ともつながっている。
Todoistは、人の頭を軽くするためのアプリだ。Doistの働き方も、すぐ返事を求めすぎず、人が集中できる余白を作ろうとしている。
プロダクトと会社の性格が、同じ方向を向いている。
これが強い。
言っていることと、やっていることがそろっているからだ。

「一気に伸びる」より「毎日なくならない」を選んだ
スタートアップのニュースでは、よく「何億ドルを調達」「何年でユニコーン」「巨大企業に買収」といった言葉が並ぶ。
もちろん、それもすごい。
でも、Todoistの物語は少し違う。派手な爆発ではなく、長く燃える小さな火に近い。
2015年、Fast CompanyはTodoistが500万人ユーザーに成長したと伝えている。同じ年、TechCrunchはWeb版の刷新を取り上げた。自然な文章で期限を入れられる機能など、日々の使いやすさに関わる改善だった。
2019年には、Todoist Foundationsという大きな更新が出た。TechCrunchは、プロジェクトの中にセクションを作れるようになったことや、タスクの詳細画面が整理されたことを紹介している。
2020年には、The Next WebがBoards機能を取り上げた。リストだけでなく、カンバン形式でタスクを動かせる機能だ。
2024年には、TechCrunchがチームワークスペースを取り上げ、Todoistは3000万人超に使われていると書いている。現在のTodoist公式サイトは、5000万人超のプロフェッショナルが使うと打ち出している。
数字だけ見ると、急に大きくなったように見える。
でも、中身を見ると、やっていることは一貫している。
タスクを早く入れられるようにする。
今日やることを見つけやすくする。
個人とチームを分けながら、同じ道具で扱えるようにする。
必要なときだけ、リストをボードに変えられるようにする。
つまり、Amirたちは「人がやることを忘れず、落ち着いて動けるようにする」という問題を、形を変えながら解き続けた。
ここで学べるのは、継続とは同じことをくり返すことではない、ということだ。
同じ目的に向かって、形を変え続けること。
Todoistは2007年のままではない。スマホが広がればスマホへ行く。チームで使われればチーム機能を足す。ボード表示が必要なら入れる。AIや自然言語入力の流れが来れば、タスク入力をもっと自然にする。
でも、核は変えない。
人の頭の中の散らかりを、外へ出して、見える形にする。
その核があるから、機能が増えても道具がばらばらになりにくい。
これは、勉強にも似ている。
英語を学ぶとき、単語帳、音読、問題集、アプリ、ノートなど、方法は変わる。でも目的が「英語を使えるようになる」なら、道具が増えても迷いにくい。
逆に、目的がないまま道具だけ増やすと、勉強した気分だけが残る。
Todoistが教えてくれるのは、機能の多さではない。目的の細さだ。
Amirから学べる3つのこと
Amirの話は、起業家だけのものではない。
むしろ、まだ会社を作る予定がない中高生にこそ効く。なぜなら、彼の出発点は「起業したい」ではなく「自分の生活をなんとかしたい」だったからだ。
1. すごい問題より、毎日困る問題を選ぶ
最初から大きなテーマを探すと、動けなくなる。
環境問題を解決したい。教育を変えたい。世界をよくしたい。どれも大事だ。でも大きすぎると、今日何をすればいいのかわからない。
Amirは、まず自分の混乱を整理した。
だから、今日できることがあった。リストを作る。入力しやすくする。見やすくする。忘れにくくする。
きみが何かを始めるなら、まず自分の一日を見てほしい。
朝、何に困っているか。
学校で何にひっかかるか。
家で何を先のばしにしているか。
友だちがよく困っていることは何か。
そこに、小さなプロジェクトの種がある。
アプリでなくてもいい。テンプレートでもいい。チェックリストでもいい。ノート術でもいい。部活の連絡方法でもいい。自分が本当に使うものを作ると、改善点が勝手に見えてくる。
2. 外からの正解を、すぐ自分の正解にしない
2009年の投資話は、Amirにとって大きな誘惑だったはずだ。
資金があれば、できることは増える。大人から認められた気分にもなる。若いほど、そういう外からの評価はまぶしい。
でも、彼は自分のプロジェクトの舵を簡単には渡さなかった。
これは、学校生活にもある。
「その進路の方が安定している」
「その部活の方が評価される」
「そのテーマは地味だ」
「もっとバズることをやれば」
外の声は、いつもそれらしく聞こえる。もちろん、聞く価値のある助言もある。でも、最後に決める前に、自分の目的を確認した方がいい。
自分は何を守りたいのか。
何を変えたくないのか。
何なら譲れるのか。
Amirは「会社を売ること」より、「長く役に立つ道具を作ること」を重く見た。だから、ブートストラップで進む道を選べた。
3. 制約を、弱点ではなく設計に変える
Doistは、巨大な資金を持っていなかった。シリコンバレーの中心にいたわけでもない。最初から大きなチームがあったわけでもない。
普通に考えると、これは不利だ。
でも、Amirはその不利を働き方に変えた。
同じ場所に集まれないなら、リモートで働く。すぐ返事できないなら、非同期で進む。大きな会社と人材争奪戦をしないために、世界中から仲間を探す。
制約を消すのではなく、制約に合う形を作った。
これも、きみに使える。
お金がないなら、無料の道具で始める。
時間がないなら、1日10分でできる形にする。
仲間が少ないなら、ひとりで回るサイズまで小さくする。
場所がないなら、オンラインでできる形にする。
できない理由を並べる前に、「その条件なら、どんな形ならできるか」と考える。
Amirのすごさは、制約のない場所へ逃げたことではない。制約のある場所で、続く形を作ったことだ。

きみへ。まず、自分の机の上を見てほしい
もし今、何かを始めたいけれどテーマが見つからないなら、大きなニュースを探す前に、自分の机の上を見てほしい。
未提出のプリントがあるかもしれない。
途中で止まったノートがあるかもしれない。
開きっぱなしのタブがあるかもしれない。
やりたいことと、やるべきことが混ざって、頭が重くなっているかもしれない。
Amirも、最初はそこにいた。
世界中の5000万人を見ていたのではない。自分の混乱を見ていた。授業と仕事でぐちゃぐちゃになった生活を、少しでもましにするために、小さな道具を作った。
そこから、会社が生まれた。
もちろん、きみが作るものが必ず世界的なサービスになるとは限らない。ならなくていい。大事なのは、最初の一歩を大げさにしすぎないことだ。
今日の自分を少し助ける。
明日の自分がまた使う。
使ってみて、少し直す。
友だちに渡して、反応を見る。
うまくいかなければ、また直す。
そのくり返しは、地味だ。でも、地味なものほど強い。毎日使われる道具は、花火のように一瞬で消えない。歯ブラシやノートや靴のように、生活の中に残る。
Todoistの物語は、「天才だけが世界を変える」という話ではない。
むしろ逆だ。
自分の小さな困りごとを、誰よりもしつこく見つめた人が、同じ困りごとを抱える人に届いた話だ。
きみの毎日の中にも、まだ名前のついていないTodoistがあるかもしれない。
それはアプリかもしれない。紙のチェック表かもしれない。部活のルールかもしれない。家族を助ける仕組みかもしれない。
大きく始めなくていい。
でも、雑に始めないでほしい。
自分が本当に困っていることを、ちゃんと見る。今日使える形にする。明日、少しだけよくする。
Amirが選んだのは、その道だった。
そして、その道は、たぶんきみにも開いている。
ここで、今日できる小さな練習をひとつだけ置いておきたい。
紙でもスマホでもいい。まず、頭の中にある「やらなきゃ」を全部書き出す。宿題、返信、部屋の片づけ、読みたい本、やりかけのゲーム、部活の準備。順番は気にしない。きれいに書こうとしない。頭の中から外へ出すことだけを目的にする。
次に、その中からひとつだけ選ぶ。いちばん大事なものではなく、いちばん小さく終わるものを選ぶ。5分でできるものがいい。プリントを1枚カバンに入れる。先生に聞く質問を1行だけ書く。机の上のペンを戻す。アプリのアイコンを1つ消す。
それが終わったら、線を引く。
たったそれだけでいい。
なぜなら、整理は才能ではなく、動きだからだ。頭の中で完璧な計画を作るより、外に出して、ひとつ消す方が強い。Amirが作ったTodoistも、突き詰めればその動きを助ける道具だった。全部を一気に変える魔法ではない。ひとつ書き、ひとつ選び、ひとつ終えるための場所だった。
もし明日も同じことをしたくなったら、そこに小さな可能性がある。自分のために作った工夫が、誰かにも役立つかもしれない。友だちに渡せるかもしれない。クラスの仕組みにできるかもしれない。小さなリストは、そこで初めて、自分だけのメモから誰かを助ける道具に変わる。
最初の利用者は、未来の何万人ではなく、明日の自分でいい。明日の自分が少し楽になるなら、その道具にはもう価値がある。そこから先は、使いながら育てればいい。
あなたの机の上で、いちばん先に整理したい「小さな混乱」は何ですか。
