苺ジャムと、産まれた時の体重と。――息子の結婚式、後編
披露宴会場で、懐かしい顔に次々と出会った。
息子の友人たちだ。
隣の小学校の強いミニバスケットチームで、厳しいコーチに怒鳴り飛ばされながら一緒に汗を流した仲間たち。ひょろりと丸坊主で"ジョリ"と呼ばれていた男の子は、相変わらずひょろりとした好青年になっていた。手堅いプレーをしていた子は、手堅い職業に就いて手堅く働いていた。
中高時代のヤンチャな友達は、イケメンのちゃんとした社会人になっていた。どんなヤンチャかというと——学校に持ってきてはいけないゲーム機で隠れて遊んでいたら見つかり、反省文に「見つからないと思って油断していました。今後は気を付けます」と書いたUくん。"油断"ってなんだよ😂。見つからないように気を付けるつもりか🤣。
また、バスケの練習後、暑かったからという理由で公園の噴水に侵入して水遊びした仲間たち。そのあと雁首並べて怒られた😂
大学時代の友人は、みんな一人暮らしで助け合ってきた仲間たち。礼儀正しくて愛嬌もあって、とってもかわいい…、なんて言ったら失礼な、しっかりした社会人になっていた。
職場の同期や先輩方は、みなさん物腰の柔らかい方々だった。
そんな彼等と挨拶を交わしながら、息子は人に恵まれているんだなあと、嬉しく思い、安心した。
披露宴が始まり、息子の上司が挨拶をしてくださった。「○○くんは"ひとたらし"で、営業の仕事でとてもよく働いてくれています」と。
そう。息子は調子がいいやつなのだ。
隣で元夫が、とても嬉しそうにしていた。「的を射てる言葉だと思った😊」と。
……しかし、この評判の良い27歳の息子は、今でも、6歳年下の妹と食べ物の取り合いをしたり、私の料理の何をオーダーするかで激しく喧嘩するのだが😅。
せっかくの結婚式で釘を刺すのも気が引けたので、「外面の良さはあなた似ね」とニッコリ笑って伝えておいた😁
どうやって作ったのかわからないほど美味しい料理が、次々と運ばれてくる。

食べ物への警戒心が強い娘はお肉以外ほとんど手をつけられないので、私はほぼ二人分を食べることになった。ドレスは着られていたので、もう大丈夫だし。
お色直しの時、お嫁ちゃんは弟さんと腕を組んで退場した。
息子は——サプライズで、おばあちゃん(私の母)と退場した。

妹は
「お母さん、感動して泣いちゃうんじゃない?」と心配したが、母は照れながらも息子と腕を組んで、満面の笑顔でにこやかに歩いた。
私が娘と岡山に避難していた頃、育ち盛りの息子のそばにいて、手作りの料理を届けてくれたのは母だった。息子が関西の大学に進学してからも、キッシュやコロッケを作っては冷凍して、送り続けてくれた。母の存在なくして、息子の今はない。
式はどんどん進んでいった。
最後に両家が呼ばれ、みんなの前で写真付きの“子育て感謝状”と、小さな“米俵”をいただいた。

その“米俵”の重さは——息子が産まれたときの体重だった。

産まれたときの体重を、返された😅。あれ?こんなに重かったかな……という重さだった。
式が終わり、北関東からマイクロバスで帰る親族に、大阪土産の昆布の佃煮と手作り苺ジャムを渡した。
この前、お嫁ちゃんも喜んでくれたので、お嫁ちゃんにも。
お嫁ちゃんのお母さんには、大阪の人が大好きな“朝日ポン酢”と一緒に。
翌日、大阪に向かう途中、息子からLINEが届いた。「お嫁ちゃんのお母さんが、苺ジャムが美味しいって。ご馳走様ですって」
嬉しかった。
苺ジャムの美味しい季節に、幸せな出来事があった。それを思い出しながら、暮らしていきたいな。
