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【書く人必見】「書くだけ」の時間がほしい。女2人、湯河原へ書きに行く。

温泉宿にこもって書くなんて、夢みたいだ——ずっとそう思っていた。
でも、その「あこがれの時間」を、ついに味わってしまった。

畳6畳の静かな部屋。響くのはキーボードの音だけ。
しばらく書いて身体が固まったら、湯気の立つ温泉へ。
ご飯は、その土地でとれた魚の定食。

気分は、まさに文豪。
そんな時間を、現実にしてくれるお宿があります。


原稿執筆「専門」のプランがある宿!?

この旅を決めたのは、ほかでもない私だ。

ある日、テレビを見ていたときに見かけた宿。
湯河原にある、THE RYOKAN TOKYO YUGAWARA さん
「温泉宿で、原稿だけに向き合う時間」がとれる——そんな夢のようなプランが紹介されていた。

「いいなぁ……」

思わず声がでるくらいうらやましかった。家で書いていると、娘が起きないか気にしたり、夫が同部屋にいたりするので、集中が途切れることもしばしば。
ホテルのデイユースを使っても、使えるのはせいぜい6時間。書くことに没頭したあとには、結局、家事が待っている。

「一度でいいから、温泉宿にこもって書いてみたいよね」

そんな私の妄想に、ものキャン・ストーリーカレッジ同期のことえさんが「私も行きたい!」と即答してくれた。

そこからは早かった。
夫に有給をとってもらい、娘をお願いして、私はTHE RYOKAN TOKYO YUGAWARA へ向かうことにした。

書く人の楽園

16時。
駅から送迎してもらい、到着したのは四方を山に囲まれた宿。
外の娯楽はほとんどなく、ただ書くためだけに存在しているような場所だ。

THE RYOKAN TOKYO YUGAWARAの「原稿執筆プラン」は1泊3食つき。
もちろん上げ膳据え膳。
ラウンジは24時間開放され、コーヒー・紅茶は飲み放題。ドライフルーツやチョコまで自由につまめる。

ここは、書く人間にとっての楽園だ。

素敵な玄関がお出迎え

まずは「やります、書きます宣言」

チェックインのあと、最初の儀式が待っている。

「やります、書きます宣言」。

夕食までの時間(私たちは18時半まで)に、何をどこまで仕上げるのか。
スタッフさんに口に出して宣言するのだ。
達成できれば、夕食のときに1ドリンクサービスがついてくる。

私の宣言は「LPの文章を仕上げる」。

実は、一ヶ月も寝かせていた原稿だ。
読み返すたびに「なんか違う」と胸がざわついて、何度もパソコンを閉じてしまっていた。
今日こそ決着をつける。
温泉宿に来てまで書けなかったら、もう逃げ場はない——そう思った。

書く環境

一泊二日でお世話になる部屋は、畳6畳ほどの和室。
yogiboが鎮座している以外は、普通の旅館だ。

さて、やるか。

そう思ったものの、どうしても温泉が気になる。
おそらく、みんなはまず書き始めるのだろう。
でも私は違った。

「……やっぱり先に入ろう。」

そうして私は、湯気の向こうへと向かった。

温泉での出会い

…と思ったら、先客がいた。

話しかけてもいいのか迷いながら、静かに湯船につかっていると、
その女性のほうから声をかけてくれた。

「原稿執筆プランで来られたんですか?」

驚いた。
彼女も「原稿執筆プラン」で滞在しているという。
しかも、描いているのは漫画。

普段、そんな方とお会いする機会がない私は、胸の奥に灯がついたように興味が湧いてくる。
気づけば、質問が口をついていた。

「漫画ってどれくらい描くんですか?」
「イベントって出られてるんですか?」

彼女は笑いながら答えてくれた。湯気のなかで交わす短い会話が、妙に心地いい。

湯から上がる前、目を合わせて言い合った。
「お互い、がんばりましょうね!」

その言葉が、体温とは別の「あたたかさ」として胸に残った。
ここには、書くために集まった、いわば「同志」がいる。

湯気に包まれながら、私は静かに決意する。
——よし、書こう。

そのまま、部屋へ戻った。

ゾーンに入れる環境

部屋に戻ると、ことえさんがパソコンに向き合っていた。

「よし、私もやるぞ!」

スマホはカバンのなかに封印。
遮るものはなにもない。——書くには、これ以上ない環境だ。

机に向かい、パソコンを開く。
一ヶ月も寝かせていたLPの原稿が、画面に現れる。

イヤホンを装着し、お気に入りの音楽をかけながら、深呼吸をひとつ。
「よし、やるか」
そうつぶやいて、キーボードに指を置いた瞬間だった。

言葉が、勝手にあふれ出した。

考えるより先に、指が動く。
「ここは違う」と思っていたはずの文章が、するすると整っていく。

タイピングの音だけが、静かな部屋に響く。
音楽は聞こえていなかった。
ただ、頭のなかの書きたい言葉だけを必死にタイピングしていた。

「……えっ?」

思わず声がもれた。
あんなに手こずって、何度も閉じてしまった原稿が、もう、仕上がった。

慌てて時間を見ると、経っていたのは——たった30分。

これが、ゾーン——。
初めて体験したその感覚に、私はしばらく呆然と画面を見つめていた。

お楽しみのご飯

ことえさんも無事に宣言した内容を終え、2人とも顔を見合わせてニヤニヤしながら夕食へ向かった。

席につくと、スタッフさんが声をかけてくれた。

「お二人とも、やります書きます宣言達成されましたか?」
「はい!」
「おめでとうございます!こちらから1ドリンクお選びください」

私とことえさんは、同時に顔を見合わせた。
「……みかんジュースで!」
声がそろって、思わず笑ってしまう。

ほどなくして運ばれてきたグラスには、夕日のように鮮やかなオレンジ色のみかんジュース。
氷の表面についた水滴が、食前の期待をさらに高めてくれる。


「今日の達成に、かんぱーい!」

カチン、と軽い音が響く。
みかんジュースは驚くほど濃くて、口に含んだ瞬間、甘みがぶわっと広がった。
それはまるで今日一日の頑張りを肯定してくれる、「ごほうびの味」だった。

「これ、おいしすぎますね」
「しあわせすぎる……!」

2人で顔を綻ばせながら、私たちはごほうびの味を噛みしめた。

そして、いよいよ夕食が運ばれてきた。

この日の夕食は、アジとふぐのフライ、お味噌汁、湯葉、漬物、プリン。
メインのフライは、衣がサクッとしているのに、身がふわっと柔らかい。
ソース、タルタル、塩の3種類で味変ができて、どれも止まらないおいしさだった。

「これ……やばくない?」
「ほんとに!箸が止まらない……!」

みかんジュースの甘さと、揚げ物の香ばしさが相性抜群で、2人のテンションはさらに上がっていく。

口コミで「ここのご飯は多い」と書かれていたけれど、
お米が美味しすぎて、気づいたときには茶碗が空になっていた。
結局、おかわりまでしてしまった。

達成感と満腹感。
そして、同じ目的でここに来た友人と味わう食卓。
それは、想像していた以上に豊かな時間だった。

仲間がいてくれる心強さ

夕食を食べ、再び温泉へ。ちょっと休んだら第二ラウンド。

「ちょっとラウンジ使ってみない?」
憧れのラウンジ。普通のラウンジは時間制だから、時間が気になってしまう私は使いにくい。
だから、いつも以上にワクワクしていた。

ラウンジは静かだった。
ぽつぽつと人がいたが、誰一人おしゃべりしていない。みんな、自分の原稿に向かい合っている。

「私、本の原稿を2000字書きますね」
「じゃあ私は、ここまで」

ことえさんとお互いに目標を宣言し合い、それぞれの席に着く。

席は仕切り板で区切られていて、視界に余計なものが入らない。
集中するためだけに用意された空間だった。

——と、ここで問題がひとつ。

「あー眠い。もう部屋に戻ろうかな」

私一人だったら、戻って寝てた。
でも、横をちらりと見ると——ことえさんが真剣な顔で向き合っていた。

「うん、私もやろ」

小さくつぶやいて、もう一度パソコンに向き直る。
無心でキーボードを叩いていたら、不思議と眠気は消えていた。

「ゆうこさん、どうですか?」

どれくらい経っただろう。
「ゆうこさん、どうですか?」
ことえさんがそっと声をかけてくれて、はっとした。

画面の右下を見ると、30分が過ぎていた。
ことえさんとの、約束の2000字まで——あと500文字。

「もう少しやってもいいですか? 終わりそうで」

そう言うと、ことえさんがにっこり笑った。
「だと思いました。やりましょう。私も、もう少しがんばります」

その笑顔に、また力が湧く。
大人になってから、こんなふうに「仲間と一緒にがんばる夜」があるなんて思わなかった。

「……できた」

自分でも驚くほど小さな声だった。
でも、その一言に、今日一日の全部が詰まっていた。

最後の一文を打ち終えた瞬間、身体がふっとゆるむ。肩を回すと緊張がほどけて、じんわりと温かいものが広がっていく。

「ことえさん、終わりました」

声をかけると、彼女も顔を上げた。

「私も……終わりました!」
2人で、ほっと笑い合った。

隣には、同じように原稿と向き合ってきた仲間がいて、
その仲間がちゃんと自分のゴールに向かっていた。

この空間にいた全員が、それぞれの原稿に向き合い、静かに自分の世界を押し進めていた。

そんな場所で、私も書けた。書きたかった文章を、逃げずに、最後まで到達できた。
その事実が、とてもうれしかった。

贅沢すぎる朝

翌朝。
アラームが鳴って目が覚めた。

部屋の空気がひんやりして、外はぼんやりと明るい。
眠りが浅くて、まだ頭がぽやぽやしていた。

ことえさんが布団から顔を出して、ぽつりと言った。
「よかったら、瞑想してみません?」

まさかの提案。でも、すぐに「やりましょう!」と返していた。
こんな朝だからこそ、心を整える時間を持ってみたかった。

2人で座布団に座り、背筋をすっと伸ばす。
目を閉じると、外の鳥の声や、遠くで誰かが歩く気配が、静かに耳に入ってくる。

呼吸だけに意識を向けていると、頭のなかが少しずつクリアになっていくのがわかった。

——こんな静かな朝を、久しぶりだなぁ。

10分ほど瞑想したあと、自然と目を開けると、ことえさんも穏やかな表情をしていた。

「なんか…整いましたね」
「うん。すごい、いい朝だね」

そのまま、朝風呂へ向かった。

まだ誰もいない浴室。貸し切り。
薄い朝の光が差し込んで、昨日よりも透明に見える湯気がふわっと漂っている。

湯に肩まで沈めると、思わず声が漏れそうになる。

「あぁ、ここに来てよかった」
身体がじんわりあたたまり、温泉から出たくない。そう思うほど、贅沢な時間だった。

ちょうど7時半。
朝食の時間だ。

食堂へ向かうと、ふっくらと炊かれた白いごはん、骨まで食べられるように揚げたアジの干物、8種類の小鉢、そして自分で卵を溶き入れる、だしがきいたお汁が並んでいた。

まさに「旅館の朝ごはん」といった、やさしい定食が並んでいた。

ひと口食べると、体にゆっくり染み込んでいく。
瞑想で整い、温泉でゆるみ、そこに温かいごはんが入ってくると、あまりの幸福感に思わず笑ってしまった。

「今日も書けそうですね」
ことえさんが言う。

「うん、めちゃくちゃ書ける気しかしませんね」

そんな会話を交わしながら、旅館の朝の静けさをひとつひとつ噛みしめた。

最後のラウンジでもうひと頑張り

チェックアウトは10時。
でも、「原稿執筆プラン」で来ている人は、チェックアウト後もバスの時間までラウンジを使っていい。

私たちが帰るのは15時半のバス。
つまり、それまでは——自由に、好きなだけ書ける。

朝食を食べたあと、「まだまだ時間あるよね」なんて思っていたけれど。化粧をしたり、着替えたり、荷物をまとめたりしているうちに、あっという間に10時になっていた。

鍵を返し、ラウンジへ向かう。
まずは、お昼ご飯が来る12時半までに1000字を書くと目標を立てた。

昨日みたいに集中できるはず——そう思っていたのに、なぜか全然手が進まない。

新しい章に入ったから、というのもある。でもそれ以上に、じわじわと眠気が押し寄せてきた。

「……一回、寝よう」

実はラウンジの奥には、畳2畳ほどの小さな個室がある。静かで落ち着ける、ちょっとした隠れ家みたいな空間だ。

貴重品だけ持って個室に入ると、畳の上にごろんと横になった。

どれくらい寝ただろう。
20分ほどだと思う。でも、その短い眠りが、驚くほど効いた。

目を開けると頭がすっきりしていて、身体も軽くなっていた。

「お昼まで1時間。いける!」

個室からでて、もう一度パソコンに向かう。指をキーボードに置いた瞬間、言葉がすらすら出てきた。
登場人物のシーンが連鎖するように思いつき、文章が勝手に前へ進んでいく。

気づけば、画面の左下には——1000字。

「いけた……!」
心のなかでガッツポーズをした。

12時半。お昼ご飯の時間だ。
目標をやり切った達成感で、ことえさんと顔を見合わせてにっこりする。

「おつかれさまです……!」
「いや〜、がんばりましたね!」

2人で軽く労い合いながら、楽しみにしていた昼ご飯を待つ。

運ばれてきたのは、だし茶漬け。
ただのお茶漬けではない。
小鉢に入ったおかずがずらりと並び、少しずつ、いろんな味を楽しめる。

お椀からふわっと漂うだしの香りが、空腹を刺激してくる。

「絶対おいしいやつだ……」

スプーンですくって口に運ぶと、だしがじんわりと舌の上に広がって、さっきまでの疲れが一気にほどけていく。

スルスルと食べられて、あっという間に胃の奥まで温まった。

「はぁ〜……幸せですね」
ことえさんが笑う。
「わかります。午後もがんばれそうです」

スルッと食べ終えて、気づけば2人で「おいしい〜!」を連呼していた。

「じゃあ、戻りますか」
「うん、午後の部いきましょう」

満たされたお腹を抱えて、私たちは再びラウンジへ歩き出した。

書く旅がくれたこと

ラウンジに戻り、パソコンを開く。
午後の部は、バスが来る15時半までの約2時間。

「よし、私、もう1000字いきます」
ことえさんが笑う。
「いきましょう。最後の追い込み!」

またお互いに黙々と作業に入った。

けれど、午前中の勢いとは少し違っていた。
集中できないわけじゃない。
ただ、「旅の終わりが近づいている」という静かな寂しさが、胸のどこかにあった。夢の国から、現実へと戻る感覚。

それでも、キーボードを叩く音だけが部屋の中に淡々と響いていた。

書いては止まり、また書いては考え、少し外の風を吸いに出て、あたたかい紅茶を淹れ直し、また席に戻る。

そんな時間が心地よかった。

気づけば、あっという間に夕方の気配。
ラウンジの窓から差し込む光が、午前とはまったく違う表情をしている。

パソコンの右下に表示された文字数を見て、思わず声が漏れた。

——午後だけで、1000字。

そしてこの旅で書けた字数は、合計で7000字

「終わりました!」
ことえさんも顔を上げる。

「私も……終わりました」

笑い合ったその瞬間、胸の奥がふっとあたたかくなった。

ただ場所が変わるだけで、こんなにも「書ける自分」になれるなんて。
それも、隣にがんばる仲間がいるからこそだ。

15時半のバスの時間が近づき、荷物をゆっくりまとめる。

外へ出ると、山の風がすっと頬を撫でた。
行きとは違う、「やり切った帰り道の空気」があった。

玄関で送迎バスを待ちながら空を見上げる。

「来てよかったですね」
ことえさんが言う。

「うん。ほんとに。こんなに集中して書けたの、久しぶりです」

旅館での一泊二日。
温泉、静かな部屋、整った環境、おいしいご飯、そして同じ目的をもつ仲間。

その全部が、私の「書く力」を優しく押し上げてくれた。

バスがゆっくりと止まり、ドアが開く。

「また来ましょうね」
「うん。絶対来ましょう」

笑い合いながら乗り込む。
ドアが閉まり、旅館が少しずつ遠ざかっていく。

——書くためだけの旅。
それは想像していたより、ずっと豊かで、ずっと幸せだった。

そして私は、また必ずここに書きに来ると、静かに心に決めていた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。
もし「書くための旅」に惹かれた方がいたら、どんな場所で書いてみたいか、ぜひコメントで教えてください。
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