田舎に来て、手放したもの
畑を2.5ヘクタールから2反に戻した話を、前回書いた。
あの経験で、畑仕事のやり方以上に変わったものがあった。田舎に来てから、自分の中でいろんなものが変わっていった。
都会でも、田舎でも、結局は人間関係だった
大阪にいたころ、自然の近くで暮らしたいと思うようになった。それで、出雲に来た。
畑をしながら暮らせば、少しは楽になると思っていた。
でも実際に来てみてわかった。都会だろうと田舎だろうと、結局は人間関係だった。
出雲での暮らしも、想像していたのとは違った。収入は思うように伸びず、価値観の違いに戸惑うこともあったし、人との距離の近さに息苦しさを感じることもあった。場所を変えても、悩みの種類が変わっただけだった。
好かれようとする自分がいる限り、どこにいても同じだった。
田舎に来て、手放したもの
田舎に来てから、いろんなものを手放した。
テレビ、スマホをだらだら見る時間、ブランドの服を買う浪費、外食(今は地域の野菜や魚が中心)、飲み会、不要な人間関係。
でも、一番大きかったのは「好かれようとしなくなったこと」だ。
他人軸で生きるのをやめて、自分軸に戻った。そうしたら、浪費も外食も飲み会も、自然と減っていった。無理にやめたというより、必要なくなった、という感覚に近い。
ひとりになる時間が、全部を変えた
何かを成し遂げたり、成長したりするのは、ひとりになる時間があってこそだ。
テレビやスマホ、飲み会も、振り返れば人の目や気晴らしのためにやっていたことが多かった。ひとりの時間を持てるようになって、初めて気づいたことだ。
今は、呼吸や瞑想、丁寧な暮らしに意識を向けられるようになった。スマホを触る代わりに、本を読むようになった。ものを大切に使うようになった。
誰かに言われたからじゃなく、自分で選んだことばかりだ。
会社員時代の自分にも、同じことが言えたと思う
田舎に来て気づいた。頑張っていた頃の自分も、根っこにあったのは「ひとりになれない」ことだった。
常に誰かの目を気にして、好かれようとして、気づけば自分の時間がなくなっていた。
場所を変えても、忙しさを手放しても、そこに向き合わない限り何も変わらない。
畑を減らして、テレビもスマホも手放して、それでも残ったのは"自分軸"だった。
頑張らなくても回る暮らしは、何かを増やした先にあるんじゃなく、こうやって一つひとつ手放した先にある。
