エナジードリンクのようにはいかないでしょ
先日、悩めるプロレス選手に「今成さん、何かオススメの映画はありますか?」
と聞かれました。
この手の質問が本当に厄介というか、少々苦手で。
私は確かに四六時中映画を見ている方ではあるけれど「誰に何を勧めるか?」の視点が介在すると、その人に合った映画を頭の中から探してあげないといけないとなるわけです。こういう時にパッと答えられないんです。
(しかも最近はもっぱらドキュメンタリー映画の鑑賞に時間を充てていることもあって。とにかくパッと出てこない。)
私は「映画をエナジードリンク的に見てはいけない」と答えました。
彼はすぐに自分に”効き目”のある映画を求めているのはわかりました。
「僕、映画はエナジードリンクだと思ってました」と彼は答えました。
もしかしたらレスラーとして【自分自身の人間力、コメント力のなさ(リング上のパフォーマンス以外のことも殻を破ることは大事だということを段々と知る】みたいなことに限界を感じているのは側から見ていて分かりましたが、もしかしたらそのための文化教養が足りていないと感じている自分自身に対してたった一本の映画で満たすのは不可能だと思いました。
彼はもっと体系的に監督やジャンルなどに偏っても良いから、流れを汲んで見た方がいいように思いました。
ただそうした見方をするサブカルチャー、雑誌などにも世代的に触れていないでしょうし、そうしたことを教えてくれる先輩もこれまでにいなかったのだろうなと思います。
もちろん、私にも映画を全然見ていなかった時に他者にオススメの映画を聞いて回ったことはありました。
それでもそれには効用はなくて、どこまでいっても自分が能動的に情報に接して、自分だけの見方や視点を身につけていくしかありません。
映画秘宝などをカタログ的に進んで読んでいた時もあります。
ベスト映画10のようなランキングは自分の見方がない時にはすごく頼りになりますし、誰かのランキングを自分の価値観にトレースしていたこもあった時期もあったと思います。
みんな誰かに教えて欲しいんです。若い頃は特に。
大人の背中を見たいんです。
自分にすぐに効果があることを。きっとそうです。
それでも答えってじわじわと自分で見つけていくしかないように40歳になった今は思います。
自分に合う、合わない。好きか嫌いか。はたまた思想・宗教上の違いなどによって自分を形作るものは人によって異なるからです。潜在的に自分自身が何を求めているのかは千本ノックのようにしていくしかないんだと思います。
そのうちの一本は与えることは出来ますが、1000本受けたいと思うか、思わないかは本人次第です。
筋トレはそういう意味で、普遍的な事実を突きつけてくるいい考え方だと思っています。
刺激を与え続けていけば筋肥大は見込める。けども、休養や栄養を与えることも同時に大事になっていく。
種目を時々変えていかないと刺激が単調になってしまって成長が鈍化する。だから時々、刺激の与え方を変えていく。
普段からトレーニングをしているのならば、その考え方を流用して展開した方が一石二鳥だとは思うのですが、まだまだわからないことも沢山あるでしょう。
私も自分の視点がなんとなく定まってきたのは本当に最近です。
40歳までは足掻くしかないと思います。そんなことを言ったら私はこれからも足掻くと思います。
それでもいいんです。人生は即効で約束されているものなんてほとんどないと感じるようになりました。
エナジードリンクのような効果を物事に期待してはいけないように思います。
人と会って、話して、議論して。
適宜、自分を彫刻のように削ぎ落としていくしかありません。
そう思うのに、また時間がかかることを恐れてはいけません。
少なくとも私が見せられる背中は今も足掻いて、必死に生きていることです。
そんな彼には『男たちの挽歌』をオススメしました。
彼に何か与える一本になったら嬉しいです。
