親のお金は、いつか自分の問題になる
子どもの頃から、我が家は決して裕福ではありませんでした。
「うちは、お金に余裕がない。」
そんなことを子どもながらに何となく感じていました。
でも、その頃の私は深く考えていませんでした。
どうせ私は大人になれば家を出る。
親のお金は、自分には関係ない。
そんなふうに思っていたのです。
ところが人生は、思い描いた通りには進みませんでした。
私は離婚し、娘を連れて実家へ戻ることになりました。
正直、出戻ることにはためらいがありました。
実家のお金事情は、何となくわかっていたからです。
親に援助してもらおうなんて考えはありませんでした。
むしろ、私が負担する立場になるだろう。
そんな覚悟で戻りました。
母がまだ元気だった頃は、家のことを任せ、生活費は私が負担していました。
年金が多くないことも、薄々わかっていました。
私がまだ若い頃、父も早くに寝たきりとなりました。
母は父の介護を一人で担いながら、働いていました。
だからこそ、両親の年金が多くないことも、お金に余裕がなかったことも理解していました。
母もまた、一人で介護を抱えてきた人でした。
介護をしながら生活を回していく中で、残せるお金がなかったのだと思います。
だから私は母に、
「生活費は私が出すから、年金にはなるべく手をつけないでね。」
そう伝えていました。
でも、現実はそう簡単ではありませんでした。
毎月の年金は、ほとんど残っていなかったのです。
それも何となくわかっていました。
でも、その使い方に口を出すことはできませんでした。
その後、母は通帳をなくすことが増えました。
認知症と診断される前のことです。
そこで初めて、私がお金を管理するようになりました。
通帳を見て、私は改めて現実と向き合うことになります。
「このままではいけない。」
そう思い、年金にはできるだけ手をつけず、本当に必要になった時のために残すようにしました。
でも、その期間は長くありませんでした。
介護は、私が思っていたよりも早く始まったのです。
デイサービス。
ショートステイ。
通院。
薬代。
介護が始まると、お金は想像以上の速さで出ていきました。
看護師として働く中で、ご家族の苦労は見てきたつもりでした。
でも、自分の親となると話は別でした。
「大変ですね。」
そう思うだけでは終わりません。
どうにかしなければいけない。
その立場になって初めて、本当の意味で介護の現実を知りました。
私は利用できる制度を調べました。
ケアマネの資格を取る中で学んだ知識も頼りにしながら、介護保険負担限度額認定制度を利用するためにも、母と世帯分離の手続きも行いました。
使える制度は使う。
それは介護を続けるために必要なことでした。
それでも、現実は厳しいままでした。
やっと残せるようになった年金も、介護費として使わなければならなくなりました。
私はここまで、自分一人で何とかやってきました。
でも、この先は一人では無理だと思いました。
弟に相談しました。
不足する分は、一緒に負担してほしい。
そうお願いしました。
一人で抱え続けることをやめた瞬間でした。
振り返ると、子どもの頃は親のお金なんて自分には関係ないと思っていました。
でも人生は、そんなに単純ではありませんでした。
親のお金は、親だけの問題ではありませんでした。
介護が始まれば、その現実と向き合うのは家族です。
そして、その現実を知った私は、自分の老後について考えるようになりました。
今の私も決して裕福ではありません。
それでも、娘には同じ思いをさせたくありません。
娘には娘の人生があります。
私の介護費のために、その人生を狭めてほしくないのです。
だからこそ今、私は少しずつ自分の老後に備えています。
子どもの頃には想像もしなかったことでした。
でも今なら、はっきりと言えます。
親のお金は、いつか自分の問題になる。
#創作大賞2026
#エッセイ部門
#介護
#親の介護
#親子
#家族
#お金について
#老後
#シングルマザー
#看護師
