銃身が冷えるまで Until the Barrel Cooled
銃身は、まだ熱を持っていた。
指を近づけると、触れる前に熱が分かった。鉄は黒く、油と煤で濡れていた。撃ち続けたあと特有の匂いが、部屋の低いところに溜まっている。
火薬。
焼けた鉄。
石灰の粉。
血の匂い。
窓はなかった。
窓枠だけが残っていた。外の通りは、もう通りではなくなっていた。石畳はめくれ、壁は崩れ、向かいの建物は腹を裂かれたように部屋の中身をさらしていた。
その部屋の壁に、まだ絵が掛かっているのが見えた。
誰かの家だった。
それも、もうどうでもよかった。
床には薬莢が散らばっていた。踏めば、軽い音を立てて転がった。弾帯は空だった。予備の弾薬箱も、横倒しになって口を開けていた。
中には何もなかった。
兵士は、銃座の横に座り込んでいた。
肩で息をしていた。右の頬に煤がつき、左の耳の下から血が流れていた。軍服の襟は裂けていたが、本人はそれを直そうともしなかった。
彼は銃の横腹を見た。
さっきまで、そこにはまだ仕事があった。
狙う。
撃つ。
装填する。
また撃つ。
それだけだった。
命令も、戦局も、祖国も、勝利も、敗北も、そのあいだだけは銃声の向こうへ押しやることができた。
撃つものがあるうちは、兵士でいられた。
だが、もう弾はなかった。
銃身だけが熱を残している。
終わった仕事のあとみたいに。
廊下の奥で、何かが崩れる音がした。
彼は顔を上げなかった。
もう一人、部屋にいた。
若い兵士だった。壁際に背を預け、膝を投げ出していた。腹のあたりを両手で押さえている。指の間は黒く濡れていた。
目は開いていた。
まだ、見えていた。
若い兵士は、銃座のそばに座る男を見ていた。
「弾は」
声は、ひどく小さかった。
男は答えなかった。
答える必要はなかった。
床の薬莢と、空の弾薬箱と、沈黙した銃が、先に答えていた。
若い兵士は、少しだけ口の端を動かした。
笑ったのかもしれなかった。
咳が出た。
そのたびに、腹を押さえる指に力が入った。
外では、履帯の音がした。
遠い。
だが、近づいている。
瓦礫を踏む音。
石が割れる音。
誰かが叫ぶ声。
それから、また何かが崩れる音。
男は、上着の胸ポケットを探った。
布の中に指を入れると、紙箱の角が当たった。
煙草だった。
潰れかけた箱の中に、まだ何本か残っていた。
彼は一本抜いた。
新しい煙草だった。
先端は白く、折れていない。紙はまだ乾いていた。こんな部屋にあるものの中で、それだけが場違いにきれいだった。
若い兵士の目が、その煙草を追った。
男は煙草をくわえた。
手が震えた。
弾を込めるときには震えなかった手が、煙草をくわえるだけで少し震えた。
ライターを出した。
一度目は、火がつかなかった。
親指の腹に黒い煤がついた。
二度目。
カチッ、と音がした。
小さな火が立った。
その赤が、若い兵士の目に映った。
男は煙草の先を火に近づけた。紙が焦げ、葉が赤くなった。最初の煙が、銃身の熱気の中へ細く伸びた。
彼は一口吸った。
煙が喉に入った。
火薬の匂いの中に、煙草の匂いが混じった。
若い兵士は、目だけでそれを見ていた。
男は煙草を抜き、若い兵士の方へ差し出した。
若い兵士は、首を動かそうとした。
動かなかった。
男は煙草を自分の口へ戻した。
外の履帯の音が、少し大きくなった。
銃身は、冷えはじめていた。
煙草の先だけが、まだ赤かった。
