「まさか」の人生を生きる私たちへ|ドラマ『カルテット』の言葉が心に刺さる
なんとなくNetflixの画面をスクロールしていたとき、ふと目にとまったのがドラマ『カルテット』だった。面白そうだと思い軽い気持ちで観始めたのだが、その世界観に引き込まれてしまった。2017年に放送された作品なので、放送からおよそ10年が経過したことになる。
まずは大まかなあらすじを記しておこう。
ある日、“偶然”出会った男女4人。
夢が叶わないまま、人生のピークにたどり着くことなく緩やかな下り坂の前で立ち止まっている者たちだ。そんな4人がカルテットを組み、軽井沢で共同生活を送ることになる。しかし、その“偶然”には、大きな秘密が隠されていた……。
巻真紀(松たか子)は別府司(松田龍平)の運転で軽井沢の別荘へとやって来た。待っていたのは世吹すずめ(満島ひかり)と家森諭高(高橋一生)。東京のカラオケボックスで出会った4人は皆演奏者で、弦楽四重奏をやることになったのだ。ライブレストランで演奏しようという話になるが、その店では“余命9ヶ月”のピアニスト・ベンジャミン瀧田(イッセー尾形)がレギュラー演奏していた。そこで真紀は、突拍子もないことを言い出す。
ストーリー展開そのものの面白さはもちろんだが、個人的にはこの4人が繰り広げる軽快な会話劇と、胸に深く刺さるセリフの数々が印象に残った。時間が経っても自分の中に残しておきたい言葉を4つ書き留めておきたい。
1. 人生の不可逆性を示す「まさか」
「人生には三つの坂があるんです。上り坂、下り坂、まさか」
「絶対なんてないんです。人生ってまさかなことが起きるし、起きたことはもう元に戻らないんです。レモンかけちゃった唐揚げみたいに」
人生は上り坂と下り坂だけと思いがちだが、自分が順調に上っているつもりでも、突如として「まさか」という事態が起きる。それは大小を問わず、誰の日常にも起こりうるものだ。
ここで語られているのは、人生における不可逆性(やり直しのきかなさ)である。唐揚げにレモンをかけてしまったら二度と元の状態には戻せないように、起きてしまった出来事を取り消すことはできない。
我々の日常も同じだ。「あのときこうしていれば」「なぜあんなことをしてしまったのか」と過去を後悔することはいくらでもある。しかし、「人生には『まさか』が起こるものだ」とあらかじめ認識しておくだけで、予期せぬ出来事に直面したときの受け止め方や、今後の選択はわずかでも変わってくるのかもしれない。
2. 生きるための心意気
「泣きながらご飯食べたことある人は、生きていけます」
生きづらさと過去の傷を抱えるすずめ(満島ひかり)に対し、真紀(松たか子)がカツ丼を食べさせながらかける言葉だ。
食事には不思議な力がある。どんなに深い悲しみや絶望の渦中にあっても、生理現象としてお腹がすいてしまう。そんな自分に対して惨めさを覚えたり、憤りを感じたりすることもあるだろう。
それでも、涙を流しながらご飯を口に運び、生きていこうとする姿勢を持てる人間は強い。絶望の中で食べる一回のご飯が、人を再び生へと繋ぎ止める。言葉通りの意味だが、人間のたくましさを象徴する実直な言葉だと思う。
3. 傷つかないための「S・A・J の三段活用」
S:好きです
A:ありがとう
J:冗談ですって
家森(高橋一生)が語る、一方通行の想いをやり過ごすためのテクニックである。劇中では、家森とすずめの間で実際にこのやり取りが演じられる。
家森:「好きです」
すずめ:「……ありがとう」
家森:「……冗談です」
すずめ:「なかったことになるかな?」
家森:「ことにして、みんな生きてるの」
家森はすずめに密かな好意を寄せているが、関係性を壊さないためにあえてこの「S・A・J」を成立させる。切ない場面だが、このセリフは恋愛に限らず「なかったことにして生きる」という人間の処世術を教えてくれる。
人間は弱く脆い存在であり、誰もが傷つくことを恐れている。本音をストレートにぶつけ合うだけが誠実さではなく、互いの関係を守るために「冗談」というオブラートに包んで流す優しさも、生きていく上では必要なのだ。
4. 報われない想いを包み込む一言
「片思いって、一人で見る夢でしょう?」
家森が自身の片思いについて語るこの一言も、非常に味わい深い。
叶わない恋や報われない努力は、一見すると無駄なものに思えるかもしれない。しかし、相手に見返りを求めず、自分の中でだけ大切に育む想いも確かに存在する。
自分が傷つかないように「なかったこと」にしながらも、胸の中で密かに夢を見続ける——『カルテット』に登場する不器用な人々が見せるその滑稽さと愛おしさは、日々を模索しながら生きる私たちへの温かいエールのように思えてくる。
人生は「まさか」の連続で、唐揚げにかかったレモンのように取り返しのつかないことばかりかもしれない。それでも、泣きながらでもご飯を食べ、「冗談です」と笑い飛ばしながら、私たちは今日を生きていく。ふとNetflixで見返した『カルテット』は、そんな不器用な私たちの生き様を優しく肯定し、背中をそっと押してくれる、そんな作品であった。
