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伝え続けるということ

毎年、8月6日に折り鶴を折っています。
テレビで平和式典の様子を見届けながら、一羽折ります。

いつもは、白い折り鶴にするのですが、今朝選んだのは「青」。
それには、ふたつ理由があります。

ひとつは、朝の情報番組で、広島市内の高校生が、平和公園でガイドボランティアをしている様子が紹介されていました。「なぜ、この活動をしているの?」というインタビューに、「祖母が被爆2世で、戦争のことを伝えていってほしいようだったから」といった内容のことを述べていた。そう、彼女は被爆3世。印象深かったのは「広島に住んでいると当たり前に知っていることを、他の県や国の人は、知らないだなーってびっくりした。」というセリフ。私は広島出身です。初めて広島から出て、神奈川に住んだ時、同じようなことを思いました。そして、現在、大阪に住んでいますが、やはり同じことを感じます。それは、「8時15分」にサイレンが鳴らないこと。
広島市内は、黙祷の合図と共に、街中にサイレンが鳴り響きます。
小学生の頃は、8月6日は夏休み中の登校日で、教室で黙祷をしていました。
(現在は、ないそうですが)

ふたつ目の理由は、平和祈念式典での子供代表の挨拶を聞いて、自然と涙が出てしまったからです。毎年、とても立派に平和への誓いを元気よく届けてくれる小学生を見て感心していましたが、今年は、「戦争の悲劇を語り続ける」といった内容や表現にジーンとしてしまいました。(特に感動した部分を下記のようにご紹介します。)

One voice.
たとえ一つの声でも、学んだ事実に思いを込めて伝えれば、変化をもたらすことができるはずです。大人だけでなく、こどもである私たちも平和のために行動することができます。

平和記念式典で地元の小学生が述べた「平和への誓い」より

どちらも、広島に生まれ育った若い世代の方々が、「伝え続けていく」ことの大切さを継承していってくれているんだな・・・と、頼もしく、嬉しく感じました。そこで、若さ=ブルーの爽やかで、元気な折り鶴を、今年は選んでみました。

戦後復興から80年の節目。
当時、小学生だった父は87歳。母は終戦生まれの80歳。
そう、被爆二世の私。同じ境遇の同級生は多く、普通のことで、小学生から始まる「平和学習」はきっと他県より多く、それが当たり前のことでした。

それが他県に住むと、8月6日に対する感覚が全く違うんだな・・・と、愕然としました。だからと言って、何か特別な活動をしてきたわけではありません。ただ、8月6日に海水浴やキャンプなど、遊ぶ計画を入れることに抵抗感があり、静かに過ごす・・・というようなことしか、やっていませんでしたが、ここで発信してみるのも、今の私にできることかな・・・と書き綴ってみました。

残念なことに、世界で悲しい爆撃のニュースなどを知ると、80年前の広島や長崎でのことは、「なかったこと」になってしまっているのかな?と、悲しく、不安な気持ちになってしまいます。。。

旅行先に「広島」を選んでくれる人がいると、嬉しい!と思うと同時に、
ほんの少しでも時間が取れるなら、平和記念公園に、できれば資料館にも立ち寄っていただき、「何があったのか?」事実を知り、感じてもらえたら・・・と、願わずにはいられません。。。。

大切な人と過ごせる
平和な日々に感謝して。

合掌





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