AI時代の経営者は、まず自分ですべてをやる。
AIを使って新しい事業をつくるなら、経営者や事業責任者は何から始めるべきか。私は、まずすべての工程を自分でやってみることだと思っています。
顧客へのヒアリングから、課題の整理、モックの制作、UIの設計、営業資料の作成、社員や顧客への説明まで、最初から工程ごとに誰かへ依頼するのではなく、AIを使いながら一通り自分で進めてみる。そうすることで、頭の中では成立していたはずの事業の、どこに穴があるのかが見えてきます。
もちろん、市場に出せるプロダクトに仕上げるには、インフラの整備や細かなUI・UXの調整など、専門的なメンバーに任せるべき仕事があります。経営者が専門家の仕事まで全部抱え込もうという話ではありません。ただ、そこに至るまでに自分でできる範囲は、AIによってかなり広がっていると感じています。
その中で、経営者自身は以前と同じように指示を出して、上がってきたものを確認するだけでいいのか。私自身、創業期から現場で事業をつくってきた人間として、今はむしろ、自分でもう一度すべてをやってみる意味が大きくなっていると思っています。
自分で使っていなければ、顧客に提案できることも限られる
私は今でも、自分で顧客を回り、対面で話すことを重視しています。経営層だけではなく、実際に現場で業務をされている方々の話を聞くことも含めてです。
これは営業においても当たり前のことですが、自分で触ったことがないサービスは、どういうときに使えて、何がよくて、逆にどこが難しいのかという引き出しが出てきません。説明できることが機能の紹介に限られてしまい、顧客の課題に合わせた提案にならないわけです。
お客様は、私たちの提案だけを聞いているわけではありません。さまざまなサービスの情報を見たり、説明を聞いたり、実際に試したりしている。その中で、自社の課題にどこまで合っているのか、提案している人がどこまで自分たちの業務を理解しているのかを見ています。
自分で使っていれば、よいところだけでなく、導入でつまずくところも話せます。「できます」と言うだけではなく、実際にやると何が起こるかまで伝えられる。その手触りが、サービスが似通っていく中での信頼につながると思っています。
なので、新しいAIサービスやモデルが出てきたら、私自身も触りますし、課金して試します。ただ、さすがに全部を触っていては、それだけで一日が終わってしまうので、海外のサービスや新しい技術に詳しいメンバーにも教えてもらっています。その中でも、自分たちの事業に大きく効きそうなものは、人の評価を聞くだけではなく、自分で使って判断することを大事にしています。
便利な機能をつくっても、社員が使うとは限らなかった
自社で使う中で、特に学んだのはUXの重要性です。AIの推論能力が上がり、理論上できることが増えても、人間が最後にシステムへ情報を入力するという習慣は、なかなか定着しません。
ギブリーには、ITリテラシーが高い社員や、技術に詳しいメンバーがいます。それでも、システムへの情報入力は後回しになります。ほかの仕事が重なると、振り返って情報を整理し、形式知として残すところまで手が回らなくなる。入力する本人にとって、それを優先するだけのインセンティブがないからです。
これは、使い方を説明すれば済む話でも、社員の意識を変えれば解決する話でもないと感じています。
プロンプトのテンプレートでも、似たことがありました。プロンプトの書き方が重要だと考えられていた時期に、業界や業態、職種ごとのテンプレートをたくさん用意すれば、さまざまな社員が自分の仕事に合わせて使えるのではないかと考えたことがあります。
理屈としては、便利そうに見えます。ただ、実際には、その中から自分に合うものを探して、内容を理解し、必要な部分を書き換えるという作業が発生します。そこまでして使いたいと思う人ばかりではありませんでした。
であれば、テンプレートを増やすより、やりたいことを伝えるとAIが適切なプロンプトを推論してくれたり、プロンプト自体をつくってくれたりするほうがよいのではないか。そうした機能を標準で持たせる、あるいはシステム側に組み込むという発想は、実際に社内で使う中から出てきたものです。
機能をつくる側は、選択肢を増やすことを価値だと思いがちですが、使う側には、選ぶこと自体が仕事として増えている場合があります。こういうことは、機能一覧を見ているだけではわかりません。
「入力する時間がない」なら、入力しなくて済む方法を考える
ただ、現場の困りごとを聞いて、そのまま機能にすればよいとも思っていません。そもそも、本人が困りごとの原因を認識していないこともあるからです。
たとえば、「忙しくてCRMに入力する時間がない」という話があったとします。このとき、入力画面を使いやすくしたり、入力項目を減らしたりする方法はあるでしょう。
でも、一度立ち止まって考えると、日報やCRMに人が情報を入力すること自体が、当たり前になっているわけです。仕事をした後に、もう一度その内容を思い出して入力する。その前提を疑わなければ、どうしても「入力を速くするには」という話になります。
最初から何もしなくても必要な情報が蓄積されるのであれば、入力する時間がないという困りごと自体がなくなります。私たちが解決すべきなのは、入力の遅さなのか、それとも人が入力しなければ情報が残らないという構造なのか。この違いは大きいと思っています。
ギブリーがハードウェアへの進出に踏み切った背景にも、この問題があります。ソフトウェアの画面を改善するだけでは、どうしても解消しきれない手間がある。だから、ワンクリックを起点に、情報の取得からアウトプットまでを自動化し、人が入力するために払う手間を限りなくゼロに近づけることを目指しています。
これは入力に限った話ではありません。そもそも、そのマーケティング活動は必要なのか、プロモーションは必要なのか、クリエイティブをつくること自体が必要なのか。今ある仕事をどう効率化するかだけではなく、その仕事の前提から考え直すようにしています。
もちろん、考えた結果、必要だという結論になることもあります。ただ、最初から必要だと決めてしまうと、改善の範囲もその内側に閉じてしまう。自分自身の役割についても、この領域に本当に自分が必要なのかというところまで疑うくらいで、ちょうどよいと思っています。
自社で検証して終わりでは、事業にはならない
こうした取り組みの出発点として、私たちはカスタマーゼロという考え方を重視しています。ただ、私はこれを、単に自社のプロダクトを社員に使ってもらうことだとは捉えていません。
ドッグフーディングを主に機能の良し悪しを確かめるものとするなら、私にとってカスタマーゼロは、その周辺にある業務への落とし込みや、戦略の設計、運用の仕方まで含めたものです。
プロダクトが使われたかだけでなく、そのアウトプットが実際の業務でどう扱われ、どんな経営判断に使われるのか。最終的にKPIやROIにつながるのかまで考える必要があるので、利用状況のデータを見るだけでは足りません。
これはプロダクトに限らず、コンサルティングや研修でも同じです。ギブリーでは、過去に社内外で取り組んできた事業の経験をもとに、サービスをどう提供するか、どんなオペレーションで回すか、提供した後の知見を社内でどう共有するかまで、仕組み化を進めています。
一方で、自社で検証できる範囲には限界があります。社内で評判がよいから市場でも売れるとは限りませんし、社内で使われなかったから、すべての顧客に不要だということにもなりません。
実際、開発途中の機能を社員に展開したところ、その機能があることで、かえってユーザーが離れてしまうのではないかという声が複数出て、そのままの形でのリリースを見送ったこともあります。ただ、それも社員の評判だけですべてを決めているわけではなく、改善して改めて検討するという選択肢を含めて判断しています。
業界や企業規模によって違う部分は、お客様と一緒にやってみなければわかりません。だから、初期のお客様や、関係性が強く継続的な検証に付き合っていただける企業とは、かなり密にコミュニケーションを取りながら改善しています。
社内でどれだけ検証しても、市場に出して、必要とされる事業に育てるところまで進まなければ、結局はPoCで終わってしまいます。カスタマーゼロは、その先に進むためのものです。
開発が速くなるほど、経営者の判断が問われる
では、集まった意見をもとに、何からつくるのか。そこは最終的に、プロダクトマネージャーや事業責任者が決める仕事です。
この機能をつくれば、どのくらい使われて、どのくらい成果が上がるのか。計算はできますが、そのとおりになるかどうかは、やってみなければわからないことが多い。数字を置けば不確実性が消えるわけではありません。
なので、ある程度までイメージが湧いたら、仮説のまま進めることも必要だと思っています。正解を探し続けるというよりも、やっていくことを正解にしていく。そのために、実際の反応を見ながら改善を重ねます。
AIを使った開発によって、つくるスピードが上がっているのであれば、検証と改善のスピードを左右するのは、経営者や事業責任者の意思決定になるはずです。つくれる状態になっているのに、何をするかの議論で止まっていたら、開発が速くなった意味がありません。
責任者自身が顧客の話を聞き、試作し、使い、提案するところまで経験する意味は、ここにもあると思います。どこがまだ仮説で、何を確かめれば次に進めるのかを、自分でも判断しやすくなるからです。
ギブリーでも、機能開発の最終判断は、開発責任者と事業責任者という少人数で行うことが多いです。一方で、方向性について意見を持つメンバーの話は、広く受け入れています。現場と経営でぶつかることもありますが、それでも通したい、その先まで責任を持ってやりたいという人の意思は尊重したいと思っています。
ただし、自分で経験することと、自分の経験だけを信じることは違います。
ギブリーには、自社でキャリアを積んできた役員や事業責任者が多くいます。私も含めて、経験していない業界や、理解が足りていない業務がある。そのことは、自分たちでも認識しています。
だからこそ、経験のある外部の人材に入ってもらい、その知見を早く取り入れたいと思っています。経営が変に自信を持って、自分たちの過去の経験だけで戦略を考えるより、いろいろな人の知見を集めて、自分たちの考えも変えていけるほうが健全です。
つくったものを捨てても、経験までなくなるわけではない
仮説のまま進める以上、うまくいかないこともあります。
私はSaaSを含む事業開発に15年以上関わってきましたし、ギブリーではこれまで30以上のプロダクトをつくってきました。開発費をかけたものの、結果的に回収できなかった経験も何度もあります。
AIの領域では、基盤的な機能や一般的な機能は、いずれビッグテックのサービスやAPIなどで代替されていくと見ています。どこまで自分たちでつくるかという線引きは難しいですが、最初から、つくった後に置き換えることもあるという前提で進める必要があります。
つくったものにこだわりすぎると、捨てられなくなります。だから、再利用できる技術は残し、必要なくなったものは、技術的負債になることも考えて手放す。それも事業開発の一部だと思っています。
ただ、プロダクトや機能を捨てても、オペレーションや人材、試した中で得た経験までなくなるわけではありません。次に成功するためのステップだったと捉えていますし、一つの機能が当たったか外れたかだけで人を評価するより、まず行動とアウトプットの量を大事にしています。
一方で、すぐに成果が出ないからといって、必ずやめるべきだとも思いません。後から市場が追いついてきて、伸びる場合もあるからです。撤退ラインが必要な場面はありますが、最後までやり抜こうという意思を持ったリーダーがいるかどうかも、私たちは重視しています。
不要になった技術を捨てることと、取り組んでいる事業を諦めることは、同じではありません。手段は変えながら、それでも解決したい課題に向き合い続ける。その判断にも、責任者自身の意思が必要だと思います。
パソコンでの作業を減らして、人と会う時間を増やしている
「まず自分ですべてをやる」と言いながら、私自身は、パソコンで何かを作業する時間をできるだけ減らそうとしています。
事業計画や講演資料は、こだわればいくらでも時間をかけられます。ただ、推論や思考の能力が高いAIを使えるようになってからは、自分が大事にしている価値観や判断の軸はずらさず、資料としてアウトプットする部分は、かなりAIに任せるようになりました。
入力も、キーボードで打つより音声で伝えるほうがよければ、そちらを使います。チャットでの連絡も、AIを介したほうが効率的であれば、その方法を選びます。自分でやるというのは、自分の手で一文字ずつ入力することではありません。
その分、今まで以上に時間を使うようになったのが、社員との食事会や社内イベント、お客様との会食など、対面でのコミュニケーションです。AIでできることを増やすほど、自分は人との関係づくりや、会社のカルチャーづくりに注力しようと考えています。
自分自身も使い方や働き方を変えてみると、どこはAIに任せられて、どこには人が関わる意味があるのかが、少しずつ見えてきます。逆に、自分の仕事は何も変えず、社員や顧客にだけ変化を求めても、実際に何が難しいのかはわからないままだと思います。
顧客の話を聞いて、つくって、使って、提案してみる。その一通りを自分でも経験したうえで、専門家に任せるところは任せ、自分が向き合うべき人や課題に時間を使う。
AI時代の経営者や事業責任者に求められるのは、仕事を全部抱え込むことではなく、自分も当事者として事業のつくり方を変えていくことだと、私は考えています。
