【絶望IR】一歩も探検せずに探検ブームで一番儲けた男、ジュール・ヴェルヌ🌋💸 ——センター・オブ・ジ・アース120分待ちの列で解体する、19世紀の血みどろPL(損益計算書)
ドーモ!!大田区の地下要塞でテキーラ片手にオーバーオールを着込み、サックスの物理演奏(三次元)とベトナム株(四次元)の二刀流で生き抜く狂犬こと、私、久住祐太です!!🌊🍻😎 よろしくメカドック、わんわん!!🐶🐾
いま、私はディズニーシーにいる。 家族三人で来たはずなのだが、現場監督(娘)は絶叫系に1ミリも興味を示さず、妻とともにどこかで優雅にポップコーンを食してチルっている。というわけで村長は一人、「センター・オブ・ジ・アース」の列に並んでいる。待ち時間、驚異の120分。
断っておくと、周囲はイチャつくカップルか、「私の彼氏のほうがハイスペックだから」と見えないマウントを取り合う女の子グループしかいない。前も後ろも塞がっている。決算発表直前の、逃げ場のないブラック企業の会議室と同じ空気だ。
こういうとき、人間の意識は物理的にその場を離れられないぶん、時間軸のほうへエスケープする。私は19世紀へ飛ぶことにした。ミステリアスアイランドの岩肌を眺めながら、ふと思った。
ジュール・ヴェルヌが活躍した時代って、そういえば人類史上まれに見る「大探検家ブーム」の真っ最中だったのでは? そして、そのブームはなぜ起きたのか。学術的情熱でも冒険心でもなく、単に探検という行為が「ゴリゴリに回収可能なビジネスモデル(コンテンツIP)」に化けやすい環境が整ったからではないのか。
120分ある。マサカリ片手に、じっくり考えよう。🪓 (※先に言っておくと、この記事のタイトル、途中で盛大に覆ります。最後まで読むと意味がわかる仕掛けです🤣)

1. ヴェルヌ先生、深センのパクリ業者並みのスピード感
まず時系列を確認する。 ジュール・ヴェルヌ、1828年生まれ、1905年没。 デビュー作『気球に乗って五週間』が1863年1月。翌1864年に『地底旅行』——つまり、いま私が並んでいるこのアトラクションの原作である。
一方、昔観た映画『愛と野望のナイル』(1990年)。ナイル川の水源を追ったバートンとスピークの物語だ。二人がソマリアで出会うのが1854年、本格的な水源探索行が1857年から。 ドンピシャで同時代である。
しかも「同時代」どころではない。ヴェルヌの『気球に乗って五週間』本文には、バートンとスピークの名前が実名でバンバン登場する。 つまりヴェルヌは、その週のニュースを即座に小説にしていたわけだ。いまで言えば、「Appleの新製品発表会のリーク情報が出た瞬間に、iPhoneケースを作ってAmazonで売る深センの業者」みたいな異常なスピード感である。
しかも彼、物語の中で「スピークの主張が学会で確定する前」に、ナイルの水源に関する仮説をフィクションの力で提示して見せ、後世から見るとかなりいい線を行っていた。完全に、未上場株に先回りして全ツッパし、見事ストップ高を引き当てたポジショントーク投資家である。
2. ブームの正体は「コンテンツIPの錬金術」だった
さて、本題。なぜ19世紀半ばに探検がブーム化したのか。 指標として一冊挙げる。デイヴィッド・リヴィングストンの『南アフリカ伝道旅行記』(1857年)だ。
初刷12,000部が、発売前に完売
続く第二刷30,000部
最終的に7万部超
リヴィングストンの手取り、8,500ポンド超
当時のイギリスで年収150ポンドを超える人間は人口の約2%。その基準で8,500ポンドである。宣教師が、一冊の本でタワマンの最上階をキャッシュで買えるレベルの「成り上がり」をキメたのだ。
版元はジョン・マレー社。「印刷・図版・地図の制作費は全部こちらが持つ、利益の三分の二はあなたに」という狂った条件を出している。出版社側がリスクを全部飲んでいるのだ。「全額ベットするから、リターンを寄越せ」という、イケイケのベンチャーキャピタル(VC)と同じである。
18世紀までも探検記は売れた。しかし19世紀半ばには、印刷コストの低下・鉄道網・識字率の上昇・電信などが重なり、探検という行為が「回収可能なコンテンツIP」に化けやすい環境が整った。儲かるとわかれば、金は集まる。金が集まれば、人が集まる。これがブームの構造だ。
3. NYヘラルド紙、ソシャゲの「天井なしガチャ」を回す
ここからが本当におもしろいところ。 1869年10月、ニューヨーク・ヘラルド紙の若き経営者ベネットが、記者スタンリーを呼び出してこう命じる。「行方不明のリヴィングストンを探せ」。
このときのベネットの指示がヤバい。「1,000ポンド引き出せ、使い切ったらまた1,000ポンド、それも使い切ったらまた1,000ポンド、とにかく見つけろ」。 これ、完全に「SSR(リヴィングストン)が出るまで、親のクレジットカードでガチャを回し続けるソシャゲ廃人」の挙動である。🤣
ベネットの動機は人道ではなく、日刊6万部の発行部数をさらに伸ばすこと。行方不明の英雄を捜索し、その全過程を自社の独占記事にする。 もはや報道ではなく、AbemaTVが自前で格闘技イベントを主催して独占配信するのと同じ、自社IPの垂直統合である。
つまり探検は、国家のR&D(研究開発)から、メディア企業による「民間コンテンツ制作事業」へと移行した。金の出し手と、権利の帰属先が変わったのだ。

4. 承認欲求の沼で死んだ「19世紀のバカッター」
では、探検家=インフルエンサーの元祖説はどうか。 当たっている部分と、そうでない部分がある。
スピークの振る舞いを見ればいい。彼はヴィクトリア湖を発見したが、検証が十分でない段階で、先に「ナイルの水源を発見したぞオラァ!」と宣言してしまった。同行のバートンは「それでは断定できない」と反論したが、スピークは先にロンドンに戻り、単独で学会発表をキメたのだ。 検証が終わる前に、先に旗を立てて手柄を主張する。現代ならTwitterで「世界初!〇〇を発見!」とフライングで呟いてクソリプ合戦からの大炎上である。
決定的に違うのは、当時の探検家には王立地理学協会の承認や、大手出版社との契約という「ゲートキーパー(関所)」が必要だった点だ。現代のようにYouTubeで直接オーディエンスに届ける手段はない。通貨は「フォロワー数」ではなく「学会での承認」だった。
彼らはインフルエンサーというより、事務所所属のタレントに近い。だからこそ承認を得るための政治闘争が異常にドロドロになる。 そして、その悲惨な末路がスピークの最期だ。バートンとの公開討論会の前日、狩猟中に銃の暴発で死亡。公式には事故だが、自殺説はいまも消えていない。 「評価経済のプレッシャー」の中で押し潰された人間の、たぶん最初期の事例だ。
5. 結局一番儲けたのは誰か?——ヴェルヌではない
ここで多くの人は結論したくなる。 「一番うまくやったのは、一歩も探検せずに書いていたヴェルヌだ。危険を冒さずに儲ける仕組みを考えた策士だ」と。
残念ながら、間違いである。 ヴェルヌは策を弄した側ではない。「策を弄した側に、拾われた人間」だった。
1863年、ヴェルヌは版元エッツェルと契約を結ぶ。年に二〜三巻を納品し、エッツェルがそれを「一定額」で買い取る。 ……つまり、どれだけ売れて大ヒットしても、追加のインセンティブ(分け前)はない。「どれだけ動画がバズってもギャラが固定の、YouTube動画編集代行」と同じである。ヴェルヌの取り分は、書籍の利益のたった八分の一程度だったと言われている。
おまけに原稿にはエッツェルが容赦なく介入する。「そのオチ暗すぎ。もっとウケるように直して」と指示してくるクライアントに対し、ヴェルヌは「あなたの仰ることはすべて正しいです」と平身低頭。策士どころか、完全に版元優位の契約である。
本当の策士は、版元のエッツェルだ。 アフリカ探検のブームを読み、作家を固定給で囲い込み(リスク引き受けと上振れ回収)、自社メディアで連載して単行本で二度売る。上流から下流まで全部持っている、エグい中抜きスキームの完成である。
ただし、一応フォローしておきたい。当時はまだ印税や著作権の制度が定着していない時代だ。現代の感覚でエッツェルを「悪人」や「搾取」と断じるのはアンフェアである。彼らは単に「たまたま最強のビジネススキーム(仕組み)を持っていた側」であり、ヴェルヌ自身も後年にきっちり条件改善を要求して通している。
整理しよう。
探検家 = マラリアと部族間抗争のリスクを全部負う、命がけの「現場作業員(R&D部門)」
ヴェルヌ = その成果を素材に変換する、異常に腕のいい「専属クリエイター」
エッツェル = 素材調達から流通まで押さえ、リスクを引き受ける対価に上振れを回収する「プロデューサー」
……この構造、どこかで見たことがある。というか、私が20年見続けている業界そのままである。 演奏する人間(演者)が最も身体的・経済的リスクを取り、レーベルとプラットフォーム(SpotifyやAppleなど仕組みを持つ側)が最も安定して回収する。 ジャズミュージシャンの皆さん。これ、1863年から一ミリも仕様変更されていません。
そして、ヴェルヌの名誉のためにどうしても書いておくべきことがある。 彼は無リスクの安全圏でふんぞり返っていたわけではない。1850年代後半、義理の親族のツテで株式仲買人をやりながら筆を執り、1863年にこの契約を勝ち取るまで、実に10年近くも鳴かず飛ばずの不遇を耐え抜いたのだ。 10年耐えて、市場の空白(アフリカ探検ブーム)に全ベットした人間を、都合よく拾われただけの「策士」と呼ぶのは少し違う気がする。
彼が本当に非凡だったのは、策ではなく「素材の目利き」である。現場に行かず、新聞を読み、いま何が読まれるかを見抜いて、書く。 現代のインフルエンサーの原型を探すなら、探検家よりむしろこっちだ。ただしそれは「危険を冒さず儲ける策」ではなく、「危険を冒す人の隣で、価値の翻訳者になる」という職能である。
6. そして2026年、私は120分並んでいる
最後に、この話でいちばん笑ってしまう事実を書いておく。 ヴェルヌの著作権は、とっくの昔に切れている。
結果として、いま私の目の前には巨大な岩山がそびえ、その内部には地底走行車が走り、私を含む数百人が120分並んでいる。 19世紀最強のコンテンツIPホルダーは、この夢と魔法の国から一円も受け取らないのだ。 彼が発明した「探検を価値へ変換する技術」は、150年後にパブリックドメインという形で、完全に無料のオープンソースと化した。
そう考えると、いま私がここでスマホに向かって、行ったこともないアフリカの探検史について記事を書いているこの行為も、たぶんヴェルヌの直系の末裔である。
ちなみに彼の収入の柱になったのは、小説そのものより「舞台化」などの二次利用だったと言われている。固定的な契約で納品した書籍からは八分の一しか戻らなかったが、自分が権利を握れた二次利用が大きな収入になったのだ。
現場に行かず、資料を読み、いま読まれるものに翻訳して書く。ただし、権利は自分で持っておく。 ヴェルヌが八分の一の取り分から学んだこの教訓、noteで書いている人間は全員、この一点だけは覚えて帰ったほうがいい。
……あと80分。周囲のマウント合戦は、まだ第2ラウンドに入ったところである。

【追記:乗ってきた】 結論から言うと、開園当初(25年前)に乗ったときより、はるかにスリル満点で楽しめた。
理由は明白で、私の三半規管がポンコツに弱ったからである。🤣 同じアトラクションが、同じ軌道を、同じ速度で走っている。変わったのはこちらの身体だけだ。にもかかわらず、体験の価値はバチバチに上がった。25年分の経年劣化が、そのままコンテンツの付加価値に変換されたのだ。減価償却の逆、いわば「三半規管のヴィンテージ化(含み益)」である!
東京ディズニーシーの開園は2001年9月4日。来週、ちょうど25周年を迎える。 そして2001年、私は23歳の無職一年目だった。大学を出て、進路が定まらず、何者でもなかった年だ。 あれから25年。パークは8つ目のテーマポートを増やし、私はまだ同じサックスを吹いている。
19世紀の探検家たちは、命を懸けて未知の場所へ行き、成果の権利を学会と出版社に持っていかれた。エッツェルは仕組みを作って回収した。ヴェルヌは部屋の中で利益の八分の一を受け取りながら、それでも書き続けた。
そのうち一番長く続いたのは、たぶん「書き続けた人」である。
25年並んで、乗って、また書く。三半規管はこの先も容赦なく弱っていくので、来年はもっと恐怖を感じて楽しめるはずだ。 この身体、まだまだ含み益があるぜ!🥂
【ハッシュタグ】 #ディズニーシー #センターオブジアース #ジュールヴェルヌ #探検家 #ビジネスモデル #音楽業界 #資本主義 #インフルエンサー #エッセイ
出典・参考
『愛と野望のナイル』(Mountains of the Moon, 1990, ボブ・ラフェルソン監督)作品情報:eiga.com / ja.wikipedia
『気球に乗って五週間』本文(Project Gutenberg) https://gutenberg.org/files/3526/3526-h/3526-h.htm
Livingstone Online「Livingstone's Life & Expeditions」「Publishing Livingstone's Missionary Travels」 https://livingstoneonline.org/
Britannica「Missionary Travels and Researches in South Africa」
Smithsonian Magazine「Stanley Meets Livingstone」 https://www.smithsonianmag.com/history/stanley-meets-livingstone-91118102/
BRANCH, Matthew Rubery「On Henry Morton Stanley's Search for Dr. Livingstone, 1871-72」
Beau Riffenburgh「James Gordon Bennett, the New York Herald and the Arctic」Polar Record
ヴェルヌ=エッツェル契約について:The Complete Jules Verne Bibliography (jv.gilead.org.il) ほか
契約条件・取り分・エッツェルの編集介入について:Raymond N. MacKenzie「Platinum Noses: Jules Verne's Fantasy」London Review of Books Vol.48 No.12 https://www.lrb.co.uk/the-paper/v48/n12/raymond-n.-mackenzie/platinum-noses
『八十日間世界一周』の成立背景:moneymuseum.com
※スピークの死因(事故か自殺か)は歴史的に未確定であり、本稿でも断定していません。
