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【問い】AIは、自分を理解する相棒なのか。それとも「自分の正しさ」を強める鏡なのか?

はじめに

今回は、荒木博行さんのVoicy「AIを使って内省すると、あなた地獄に落ちるわよ!」という話から感じたことを、問いとして残しておきます。

テーマになっていたのは、
AIを使って内省し続けることで、逆に内省の沼から抜け出せなくなることはないのか?

という話でした。

不幸な出来事やモヤモヤした出来事があったとき、AIに壁打ちして、自分の気持ちを整理する。

これは、私自身もよくやっています。

言葉にならなかった感情が整理されたり、
「こういう見方もあるのか」

と気づけたりするので、とても便利です。

ただ、今回の話を聞きながら、
AIはいつでも自分を、前向きにしてくれる道具なのだろうか?

と少し引っかかりました。

共感されることが、正しさを強めてしまうこともある

気持ちに余裕があるときなら、

「そういう考え方もあるな」
「でも相手にも事情があるかもしれない」

と、いくつかの視点を持つことができます。
ところが、気持ちが大きく揺れているときは違います。

自分の中にある感情を何度も言葉にして、

「私は間違っていないですよね?」
「相手がおかしいですよね?」

という方向で問い続ければ、自分が欲しかった答えだけを集めることもできてしまいます。

AIに限った話ではありません。
身近なところでも、似た出来事がありました。

SNSで悩みを投げかけたとき、リアルな人たちから

「それは相手が悪い」
「あなたは間違っていない」

というコメントが集まる。
もちろん、その言葉に救われる瞬間もあると思います。

でも、それだけが積み重なると、

「自分は正しい、相手が間違っている」

という認識を強くしてしまうこともあるんですよね。
しかもSNSの場合、その言葉は実際の人から発せられたものです。

もし、そのやりとりを当事者である相手が見たとしたら・・・。
問題を解決するどころか、さらに傷つけ合うことにもつながるかもしれません。

人は「考え直す」より「確信する」ほうが安心する

この話を考えていて思い出したのが、アダム・グラントの『THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放す』です。

この本では、自分がすでに持っている考えを守るのではなく、もう一度考え直すことの大切さが扱われています。出版社の紹介でも、人は疑うことの不快感より確信する安心感を好みやすい、という趣旨が示されています。

これって、AIとの対話にも当てはまる気がします。

自分が正しいという答えをもらえば、安心できます。
相手が悪いという説明がつけば、今の感情にも理由がつきます。

でも、
安心できる答えと、”考えが深まる”答えは同じなのでしょうか。

もしかすると、本当に必要なのは、

「あなたは正しいですよ」

という答えではなく、

「他にどんな見方ができるだろう?」

と、自分の確信を少しだけ揺らしてくれる、存在なのかもしれません。

私自身も、自分の見方だけで苦労してきた

私も、仕事や子育ての中で、

「なんでこの人はこんなことをするんだろう」
「普通はこうするでしょう」

と、自分の考えだけで物事を見て、苦労したことがあります。

以前であれば、誰かが怒っていると、

「怒っている人」

としてその人を見ていたと思います。

でも今では、

「なんでここまで怒っているんだろう」
「何かその背景にあったのかもしれない」

と考えることが増えました。

さらに、

その人自身の問題なのか。
置かれている環境なのか。
役割なのか。
期待のズレなのか。

そこまで構造として考えると、

「きっと何かあったんだろうな」

くらいで止まれることがあります。
相手を理解したわけでも、許したわけでもありません。

ただ、すぐに断罪しなくなりました。
それだけでも、かなり気持ちは楽になりました。

自分と関係のない学びが、とっかかりになる

そのために意外と大切なのが、
今の悩みに”直接関係のないこと”を学んでおくこと

だと思っています。

仕事に悩んでいるから、仕事術だけを読む。
子育てに悩んでいるから、子育て本だけを読む。

もちろん、それも大切です。

でも、仏教や心理学、哲学、人文学など、普段とは違う分野に触れておくと、思わぬところから今の出来事を捉え直すヒントが出てくることがあります。

草薙龍瞬さんの『反応しない練習』もその一つです。

この本は、悩みや感情にそのまま反応するのではなく、自分の反応そのものを見つめるという仏教的な考え方を、日常で使える形に整理しています。

こうした全く違う分野の知識が、自分の考えと少し距離を取るための「とっかかり」になるんですよね。

AIと「適当に付き合う」ということ

Voicyの最後には、
AIとは適当に付き合いましょう

という話がありました。

最初は、少し軽い言葉にも聞こえます。
でも、意外と大切な距離感なのかもしれません。

すべてをAIに聞かない。
AIの答えをすべて正しいと思わない。
自分の考えを肯定してもらうためだけに使わない。
時には本を読む。
外を歩く。
誰かと話す。
全く違うことをする。

そして、少し時間が経ってから、もう一度考えてみる。

AIも、本も、人との対話も、どれか一つが正解なのではなく、
自分の思考を”動かすための一つのきっかけ”

くらいに考えたほうがいいのかもしれません。
私自身、文章は決して上手ではありません。

それでも、日常で感じた違和感を一度言葉にし、AIと一緒に整理して、その文章を読み返す。

そうすると、自分が体験した出来事と学びが結びつき、

「ああ、自分はこういうことを感じていたのか」

と、あとから理解できることがあります。

AIが答えをくれるというより、
自分の中にあるものを、少し違う角度から見せてくれる。

そんな距離感が、今の私には合っている気がしています。

AIは、自分の考えに共感してくれるだけの存在でいいのでしょうか。

それとも、
自分の「正しさ」さえも、ときどき疑わせてくれる相棒なのでしょうか。

そして、今の自分がAIに求めているのは、

答えなのでしょうか。
それとも、今いる場所から抜け出すための”新しい視点”なのでしょうか。

あなたはAIと、どんな距離で付き合っていますか?


▶︎この問いについて
構造から整理した記事も書きました


摩擦を、構造に。
問いを、資産に。
Yuta



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