【問い】正しさは、なぜ関係性の摩擦になるのか
ー頼れる人の言葉が、しんどくなる瞬間ー
はじめに
人間関係でストレスを感じるとき、
最初から相手のことが苦手だったわけではないことがあります。
むしろ、
以前は信頼していた
頼りにもしていた
学ばせてもらうことも多かった
だからこそ、
ある日からその人の”一言ひとことが重く感じる”ようになったとき、
自分でも戸惑ってしまうのだと思います。
「この人は悪い人ではない」
「むしろ、助けてもらっている」
「でも、なぜか言葉を受け取るたびに疲れる」
そんな感覚が、
少しずつ積み重なっていく。
今回は、頼れるベテランの言葉が、
いつの間にかストレスに変わっていく構造について、
考えてみたいと思います。
現場で起きた違和感
最初は、
頼れるベテランの先輩として信頼していました。
仕事中もフランクに話すことができる。
細かいところまで見てくれて、
「こうした方がいいよ」とアドバイスもしてくれる。
経験があるからこそ気づけることがあり、
その言葉から学ぶことも多くありました。
さらに、人が困っているときには、
仕事以外の時間でも動いてくれる
周りのために行動できる人でもある
だから、
その人の存在に助けられてきた部分は確かにあります。
ただ、最近になって、
その人の言葉が少しずつ重く感じるようになりました。
たとえば、
「これはこう!」
「なんで今それしてるの?」
「こういう場合はこうして」
「それだとダメだよ」
一つひとつは、
きっと間違ったことを言っているわけではありません。
むしろ、現場の効率や正確さを考えれば、
その人の言っていることの方が正しいことも多い。
でも、その言葉が降り積もっていくうちに、
少しずつ拒否反応のようなものが出てくる。
指摘されるたびに、
「また評価が下がったのかな」
「自分はできていないと思われているのかな」
と感じてしまう。
そして、
相手の言葉に一喜一憂し、
少しビクビクしてしまう自分がいる。
ここに、今回の違和感がありました。
正しさが先に届きすぎる
相手には、行動力があります。
思ったことをすぐ言う
必要だと思えば、すぐ動く
備品を買ったり、オペレーションを変える
現場の問題をスピード感を持って改善していく
その力は、
現場にとって大きな価値です。
問題を見つける力
改善に移す力
正解に近づく経験値
こうしたものを持っている人がいることで、
現場が助かっている部分は確実にあります。
ただ一方で、
その正しさが、少し強く届きすぎることがある。
こちらの声が相手に届く前に、
「こうだよ」と言われてしまう。
こちらが考えていたこと
試そうとしていたこと
迷いながらも言語化しようとしていたこと
それらが出てくる前に、
正解が差し出されてしまう。
もちろん、相手からすれば、
その方が早い
その方が効率的
その方が失敗も少ない
でも、受け取る側からすると、
自分の考える余地がなくなっていく感覚がある。
正しさがあるからこそ、反論しづらい
経験があるからこそ、受け入れるしかない
効率的だからこそ、立ち止まりにくい
ここに、
関係性の摩擦が生まれているのかもしれません。
マンパワーな働き方への違和感
今回、もう一つ大きく感じたのは、
「マンパワーな働き方」への違和感です。
経験のある人が自分でやる
できる人が先回りして整える
正解を持っている人が判断する
たしかに、
その方が早い場面はあります。
特に現場では、
スピードや正確さが求められるため、
経験者が動いた方がうまくいくことも多い。
でも、それが続きすぎると、
周りは”その人のリズムに合わせる”ようになります。
相手を煩わせないようにする
機嫌を損ねないようにする
言われる前に合わせようとする
そうなると、
仕事は「チームで進めるもの」ではなく、
「特定の人の正しさに合わせるもの」になっていく。
これは、
一見すると現場が回っているように見えます。
でも、長い目で見ると、
若いスタッフが考える余白を失っていく
経験の浅い人が問いを持てなくなる
わからないことを話しづらくなる
正解だけをぶつけられて、
それを受け入れるしかない環境は、
本当にフラットと言えるのだろうか。
そんな問いが浮かびました。
ベテランの経験は、問いとして渡せないのか
ベテランスタッフの経験やスキルは、
本来、チームにとって大きな財産です。
長年の経験から見えること
失敗してきたからこそわかること
細部まで気づける観察力
それらは、
若いスタッフにとっても学びになります。
ただ、その経験が「正解」として渡されると、
受け取る側は考える余地を失ってしまうことがあります。
一方で、同じ経験でも、
「こうした方がいいかもね」
「こうするとどうなるかな」
「ここは何を優先した方がいいと思う?」
という問いとして渡されると、
受け取る側に考える余白が生まれます。
正解を押し付けるのではなく、
経験から見えている景色を問いとして投げる。
それだけで、
関係性は少し変わるのかもしれません。
指摘ではなく、対話。
命令ではなく、問い。
評価ではなく、成長を見届ける姿勢。
ベテランほど、
現場で長く積み重ねてきた経験を、
次の世代が考えられる形に、
”変換する役割”があるのかもしれません。
誰かのご機嫌取りのために働くのか
仕事は、
誰かのご機嫌取りのためにやるものではない。
今回の違和感の奥には、
この感覚もありました。
もちろん、職場では人間関係が大事です。
相手への配慮も必要です。
気持ちよく働ける関係性をつくることも大切です。
でも、それがいつの間にか、
「この人を怒らせないように」
「この人に言われないように」
「この人の正解に合わせるように」
となってしまうと、少し苦しくなる。
本来、仕事は、
目の前の人に気を遣うためだけにあるわけではない。
お客様のため
チームのため
自分たちがよりよく働くため
そして、次の人が育っていくため
そう考えると、
誰か一人のリズムに周りが合わせ続ける関係性は、
チームとして持続しないのではないかと思います。
本質問い
今回の摩擦から、
いくつかの問いが残りました。
正しさは、なぜ関係性の摩擦になるのか。
経験を伝えることと、正解を押し付けることは何が違うのか。
ベテランの役割は、現場を早く回すことなのか、次の人が考えられる余白をつくることなのか。
そして、もう一つ。
チームは、誰かの正しさに合わせる場所なのか
それとも、互いの見えている景色を持ち寄る場所なのか
まとめ
今回のことは、
相手を悪者にしたい話ではありません。
むしろ、相手の中には、
現場をよくしたいという思いがある
困っている人を助けたいという行動力もある
経験に裏づけられた正しさもある
だからこそ、難しいのだと思います。
正しいことを言っている
助けてもらっている
でも、しんどい
この矛盾の中に、
人間関係の摩擦があるのかもしれません。
現場で必要なのは、
誰かを変えることではなく、
関係性のレイヤーを一つ落として見ること。
その人の言葉の奥にある正義
自分が感じているストレス
チームに必要な余白
若いスタッフが考えられる環境
それらを、一つずつ見ていくこと。
あなたの現場ではどうでしょうか。
正しさは、
人を育てる形で届いているでしょうか。
それとも、
誰かの声を小さくする形で届いているでしょうか。
▼この問いについて、
構造から整理した記事も書きました
摩擦を、構造に。
問いを、資産に。
Yuta
