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【問い】対話は、仲良くなってから始まるものなのか

はじめに

今回は、荒木博行さんのVoicy「なぜ『優秀なリーダー』ほど組織を思考停止に追い込むのか」と、久保さんの組織対話カフェでの読書会についての放送から、気づきがあったので問いとして残しておきます。

組織の中で対話を大切にしたい。

そう思っていても、いざ自分がその場をつくろうとすると、何を話せばいいのか、どんな問いを投げればいいのか、どうやって進行すればいいのかと、急にハードルが高くなることがあります。

今回の放送を聴いて、対話というものを少し難しく考えすぎていたのかもしれないと感じました。

「優秀なリーダー」がいるからこそ、考えなくなる?

最初の放送では、ボリス・グロイスバーグとマイケル・スリンドによる「4つのI」という組織的対話のフレームワークが紹介されていました。

簡単に整理すると、次の4つです。

  • Intimacy(親密さ):心理的な距離を縮め、率直に話したり聴いたりできる関係をつくる。

  • Interactivity(双方向性):一方的な伝達ではなく、意見や問いが行き来する。

  • Inclusion(参画):メンバーを受け身の聞き手ではなく、対話をつくる当事者として迎える。

  • Intentionality(意図性):対話を単なる雑談で終わらせず、組織の目的や方向性につなげる。

このフレームは、論文『Leadership Is a Conversation』や著書『Talk, Inc.』で扱われているものです。

特に印象に残ったのは、リーダーが優秀であるほど、周囲が

「この人が考えてくれる」
「正解を出してくれる」

と依存してしまう可能性があるという話でした。

もちろん、優秀なリーダーが悪いわけではありません。
判断が早く、経験があり、現場を引っ張ってくれることは大きな安心感につながります。

ただ、その安心感が強くなるほど、メンバーが自分で考える機会を手放してしまうこともあるのかもしれません。

これは、私が日々の仕事で感じている「主体性」や「現場とマネジメントのズレ」にもつながる話だなと思いました。

本があると、肩書きを脱ぎやすくなる

放送では、この4つのIを実践する一つの環境として、読書会が紹介されていました。

本を題材にすると、リーダーもメンバーも、同じ一冊を前にして考えることができます。

「上司はどう考えているのか」ではなく、「この本の考え方を、自分はどう受け取ったのか」。

同じ文章を読んでいても、共感するところや違和感を持つところは人によって違います。その違いを持ち寄ることで、普段の役職や立場とは少し異なる関係性が生まれるのかもしれません。

また、本という共通の題材があることで、個人の正しさだけをぶつけ合うのではなく、一度抽象的な考え方を挟みながら話すことができます。

もちろん、本が唯一の正解になるわけではありません。

それでも、共通の補助線があることで、対話の入口に立ちやすくなるのかなと感じました。

対話をしようとすると、急に難しくなる

一方で、久保さんの「組織対話カフェ」では、いざ対話を実践しようとした時の難しさについて話されていました。

ファシリテーションをどうするのか。
相手に合わせて、どんな補助線を引けばいいのか。
場が止まった時に、どう進めればいいのか。

私も、こうしたことを考え始めると、対話をする前から少し身構えてしまいます。

そこで久保さんが、近内悠太さんの『贈与を巡る旅』から、沖縄では踊りや音を一緒に楽しむことで仲良くなるけれど、東京にはそうした踊りがないと話した時に、「では、どうやって仲良くなるの?」と問われたエピソードを紹介されていました。

その話から出てきたキーワードが、「同期」でした。

一緒に踊る。
音を合わせる。
スポーツをする。
何かに取り組む。

言葉でお互いを理解しようとする前に、身体や時間を通して、何かを分かち合っているのかもしれません。

荒木さんも、仲良くなりたいなら一緒にラグビーをやれば一発だよ、といったお話をされていました。

そう考えると、読書会も同じ構造なのかなと思いました。

一冊の本を共有し、同じ時間を過ごしながら、ああでもない、こうでもないと話す。読んだところも、気になったところも違うけれど、同じ題材に向かっている。

対話をするために集まるというより、一緒に何かをする中で、対話が生まれているのかもしれません。

私は、職場の交流より家族との時間を選んでいる

ここで、自分自身のことも振り返ってみました。

私の職場でも、バーベキューやスポーツなど、仕事以外で一緒に何かをする機会はあります。個人レベルで交流している人たちもいます。

ただ、今の私は、そうした時間に積極的に参加することがあまりありません。

理由の一つは、正直に言えば、少しめんどくさいと感じてしまうからです。
そしてもう一つは、自分だけに使える時間が限られているからです。

趣味であるnoteを書く時間も大切にしたいし、それ以外の時間はできるだけ家族と過ごしたいと思っています。

昔は飲み会が好きで、週に一度くらいのペースでストレス発散も兼ねて参加していました。

でも、今は子どもと過ごす時間が何より優先されていて、それで幸せだと感じています。

そもそも私は、人間関係を深くしなくても、そこまで問題を感じない性格なのかもしれません。そうした性格と、今の人生のフェーズが重なって、職場の交流を優先しなくなっているのだと思います。

だからこそ、組織の関係性を深めることが大切だと分かっていても、個人の時間を使ってまで参加したいかと言われると、少し違うんですよね。

関係性を育てることは、個人の努力だけなのか

今回の話を聴いて、もし組織の時間の中に読書会のような場があれば、私は参加しやすいだろうなと思いました。

もちろん、対話に関心がある人と、そうではない人では、参加のしやすさも違うと思います。

それでも、最初に参加した人が、そこで得た気づきや関係性を日常の仕事に持ち帰ることで、別の人にも少しずつ影響が広がっていく可能性はあるのかもしれません。

個人で読書会を企画したり、知らない人の集まりに参加したりするのは、なかなかハードルが高いものです。

一方で、組織がそうした環境を提供することで、普段は参加しない人も、対話する楽しさや大切さに触れる機会が生まれるのではないかと思いました。

ただし、それが「組織のために交流しなければならない」という義務になってしまうと、また違った摩擦が生まれそうです。

今日の問い

対話は、仲良くなってから始まるものなのでしょうか。
それとも、一緒に何かをする中で、関係性とともに生まれていくものなのでしょうか。

そして、組織の関係性を育てることは、個人の時間や積極性に委ねられるものなのか。
それとも、組織が環境として支えていくものなのか。

今の私は、家族との時間を優先する選択に幸せを感じています。

その一方で、職場でも、肩書きや立場を少し離れて、お互いの考え方に触れられる場があったらいいなとも思います。

あなたの現場では、どんな時に「一緒に何かをしている」と感じますか。

そして、その時間は、普段の仕事の関係性にどのような影響を与えているのでしょうか。


▼この問いについて、
構造から整理した記事も書きました。



摩擦を、構造に。
問いを、資産に。
Yuta



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