【ドラッカーに学ぶV字回復】ヤオコー|「安さ」を売るのをやめたスーパーは、何を売ったのか?
値引きではない顧客心理の追求
「競合より高いと言われました」
その報告を聞くたびに、値引きを検討していないでしょうか。社員数十人の会社ほど、大手のような価格体力を持てず、値下げだけで顧客をつなぎ止めようとしてしまいがちです。しかしその値引きは、利益を削るだけで終わることも少なくありません。
ヤオコーが向き合ったのも同じ悩みでした。答えは値上げでも高級化でもなく、「顧客は何のためにこの商品を買っているのか」を問い直すことでした。
この第9話を読み終える頃には、値下げする前に自社が確認すべきことが、はっきりしているはずです。
プロローグ|「成功企業の答え」を集めても、会社は変わらない
ここまで八つの企業を見てきた。それぞれの物語には、経営を変えた施策がある。しかし、このシリーズで本当に持ち帰ってほしいのは、その施策ではない。
十勝バスと同じ営業をすればいいわけではない。Amazonのサービスを真似すればいいわけでも、トヨタ生産方式を導入すれば会社が強くなるわけでもない。成功企業の「答え」は、その企業が置かれた時代、顧客、組織、競争環境の中で生まれたものだからである。それでも、私たちが学べるものがある。彼らが迷ったとき、何を問い直したのか。
このシリーズで繰り返してきたドラッカーの「5つの問い」は、経営者に正解を教えてくれるものではない。
「われわれの使命は何か」
「われわれの顧客は誰か」
「顧客にとっての価値は何か」
「われわれの成果は何か」
「われわれの計画は何か」
会社が苦しいときほど、私たちはこの基本的な問いを飛ばし、すぐに施策へ走りたくなる。売上が落ちた。広告を増やそう。競合が値下げした。こちらも下げよう。人が足りない。採用しよう。利益が減った。コストを削ろう。
間違いではない。しかし、その前に問うべきことがある。
「そもそも、顧客は何を求めているのか」
第9話の舞台は、食品スーパーマーケットのヤオコーである。
スーパーほど、価格競争の誘惑が強い商売もない。同じ牛乳、同じ醤油、同じメーカーの商品が隣の店でも売られている。競合が100円なら98円。98円なら95円。安くすれば顧客は喜ぶ。客数も増えるかもしれない。
だが、その競争には終わりがない。価格を下げれば粗利が減る。利益を守るために効率化する。それでも競合がさらに下げれば、また追いかける。気がつけば、「お客様のため」という言葉の下で、自分たちの利益も、自分たちらしさも失っていく。
ヤオコーが追求してきたのは、その競争とは少し違う道だった。
「豊かで楽しい食生活提案型スーパーマーケット」
この言葉の中には、重要な視点の転換がある。自分たちは食品を並べる会社なのか。それとも、地域の人たちの食生活を豊かにする会社なのか。
夕方、仕事帰りにスーパーへ駆け込んだ人を想像してみたい。その人が本当に困っているのは、大根が10円高いことだろうか。あるいは、疲れた頭で、
「今夜、何を食べよう」
と考えなければならないことかもしれない。
もし後者なら、売るべき価値は変わる。
商品を安くするだけではない。献立が浮かぶ。調理時間が短くなる。家族が喜ぶ。季節を感じられる。「今日はこれにしよう」と迷いが消える。
ここで、ドラッカーの第3の問いを置こう。
「顧客にとっての価値は何か」
答えは、値札の中だけにはない。
顧客が店を出た後、その商品を持ち帰り、どんな時間を過ごすのか。その暮らしの中まで見たとき、初めて見えてくる価値がある。
価格で勝てない会社に必要なのは、必ずしもさらなる値下げではない。
価格以外に、「この会社を選びたい」と思える理由をつくること。
ヤオコーの物語から、そのヒントを探してみよう。
第1章|危機
価格競争に飲み込まれるスーパーマーケット
スーパーマーケットという商売には、逃れにくい宿命がある。
価格を比べられることである。
同じメーカーの牛乳、醤油、洗剤なら、顧客から見れば違いは分かりやすい。隣の店が198円なら、自分の店の218円は高く見える。競合が特売を打てば客足が動く。こちらも値下げする。すると今度は相手がさらに下げる。
顧客のために安くする。しかし安くすれば、当然利益は薄くなる。利益が減れば人件費を抑え、売り場の効率を上げ、商品を大量に仕入れる。それでも競合が安ければ、また価格を下げる。
「安くしなければ客が来ない。しかし、安くすれば利益が残らない」
食品スーパーが長く抱えてきた葛藤である。
ヤオコーも、最初から現在の姿だったわけではない。1890年、埼玉県小川町で青果店「八百幸商店」として創業し、戦後に食品販売を広げ、1958年に有限会社八百幸商店を設立。その後、スーパーマーケットへと業態を変えていった。地域の小さな商店から始まり、時代の変化とともに成長してきた企業である。
しかし、店舗が増え、競争相手が増えれば、昔ながらの商売だけでは戦えなくなる。スーパーには大手チェーンがある。ディスカウントストアもある。ドラッグストアやコンビニも食品を扱う。さらに時代が進めば、ネット通販や宅配まで顧客の食を奪い合うようになる。
そこで「価格」は、最も分かりやすい武器になる。
だが、同時に最も危険な武器でもある。
なぜなら、価格は真似されるからだ。
今日100円にすれば、競合も明日100円にできる。98円にすれば、95円が出てくるかもしれない。値下げには終わりがない。そして最後に残るのは、「誰が一番体力を持っているか」という消耗戦である。
では、地域のスーパーマーケットはどう戦えばいいのか。
ヤオコーが追求してきた答えは、単に「高級スーパーになる」というものではなかった。安さを捨てたわけでもない。日常の食を扱う以上、価格は重要である。
変えたのは、競争の中心だった。
「安いから来てもらう」だけではなく、
「この店へ来ると、今日の食卓が少し豊かになる」という価値をつくる。
その象徴が、ヤオコーが掲げてきた「豊かで楽しい食生活提案型スーパーマーケット」という考え方である。
ここで仕事の定義が変わる。
スーパーは、食品を棚に並べて売る場所なのか。それとも、地域の生活者に「今日はこれを食べよう」という発見を提供する場所なのか。
この違いは小さく見えて、経営を大きく変える。
前者なら、競争相手より安く仕入れ、安く売ることが重要になる。後者なら、品揃え、鮮度、惣菜、売り場、メニュー提案、接客、地域ごとの暮らし方まで考えなければならない。
つまりヤオコーが向き合ったのは、
「何円で売るか」という問題ではなく、「何を価値として売るか」という問題だった。
そして、ここから一つの問いが浮かび上がる。
顧客は、本当に「安い商品」を買いに来ているのだろうか。
夕方、仕事を終えて店へ入り、野菜売り場の前で立ち止まる一人の顧客。
その人が探しているものは、大根なのか。
それとも、
「今夜、家族に何を食べさせよう」という問いへの答えなのか。
この違いに気づいたとき、スーパーという商売の景色が変わり始める。
第2章|問い
顧客は「大根」を買いに来ているのか
夕方6時。仕事を終えた一人の女性が、ヤオコーの売り場に入ってくる。
今日も一日働いた。家に帰れば、家族が待っている。しかし夕食はまだ決まっていない。野菜売り場を歩きながら大根を見る。豚肉を見る。鮮魚売り場をのぞき、惣菜コーナーへ向かう。
このとき、彼女は何を買いに来ているのだろう。
大根だろうか。豚肉だろうか。惣菜だろうか。
もちろん、レジのデータには「大根1本」「豚肉300グラム」と記録される。しかし、それは会社から見た顧客である。顧客自身から見れば、まったく違う景色があるかもしれない。
「今日は何をつくろう」
「できれば30分以内で済ませたい」
「昨日は魚だったから、今日は肉にしよう」
「子どもにも野菜を食べてほしい」。
彼女が本当に探しているものは、大根そのものではない。
「今夜の食卓をどうするか」という答えである。
ここに、ドラッカーの第3の問いを置いてみたい。
「顧客にとっての価値は何か」
この問いが難しいのは、会社側が考える価値と、顧客が感じる価値が一致するとは限らないからだ。
スーパー側から見れば、鮮度の高い大根を仕入れ、競合より10円安く販売することは価値である。しかし顧客にとっては、「この大根をどう料理すればいいのか」が分からなければ、買わないかもしれない。
逆に、大根の横に豚バラ肉があり、「今夜は豚バラ大根」という提案がある。必要な調味料も近くにある。調理方法まで分かる。すると大根は、単なる一本の野菜ではなくなる。
今夜の夕食という問題を解決する商品に変わる。
ヤオコーが掲げてきた「豊かで楽しい食生活提案型スーパーマーケット」という言葉は、まさにこの視点を表している。
食品を売ることが目的ではない。その食品によって、顧客の食生活がどう豊かになるかを見る。
この違いは、経営に大きな変化を生む。商品を見る経営なら、会議では価格、粗利、販売数量、在庫回転率が中心になる。しかし生活を見る経営なら、「この地域のお客様はどんな暮らしをしているのか」「夕食づくりの何に困っているのか」「どんな料理なら家族が喜ぶのか」という問いが加わる。
すると、競争の土俵も変わってくる。
「隣のスーパーより10円安いか」だけではなく、「この店へ来れば今日の献立が決まるか」で競えるようになる。
これはスーパーだけの話ではない。
引越会社の顧客は、本当にトラックと作業員を買っているのだろうか。保険会社の顧客は保険証券が欲しいのか。会計事務所の顧客は決算書が欲しいのか。美容室の顧客は髪を短くすることだけを求めているのか。
商品だけを見れば、競合との違いは小さくなる。そして最後には価格比較になる。
しかし、その商品を使った後の顧客を見ると、別の価値が見えてくる。
引越会社なら、「安心して新生活を始められること」かもしれない。会計事務所なら、「数字への不安が消え、経営判断に集中できること」かもしれない。
だから、値下げを考える前に問うべきなのである。
「顧客は、本当は何を買いに来ているのか」
ヤオコーは、その答えを会議室だけで探さなかった。
売り場へ行き、地域を見る。顧客の暮らしを見る。そして、商品を売る店から、食生活を提案する店へと少しずつ変わっていく。
では、その思想をヤオコーは、具体的にどのような売り場、商品、組織へ変えていったのか。
そこに、価格競争から抜け出すための大きなヒントがある。
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