40歳、歌舞伎町。僕が「深夜ラジオみたいに話したい」と思う理由
39歳で、東京に出てきた。
それまでいたのは島根県。
BARをやっていた。
そして東京に来て、歌舞伎町で人生で初めてホストになった。
ホスト経験はゼロ。
東京の知り合いも、ほとんどゼロ。
我ながら、なかなか思い切ったことをしたと思う。
そして今年、40歳になった。
40歳といえば、一般的には「そろそろ落ち着く年齢」なのかもしれない。
でも僕は逆だった。
知らない街に来て、知らない仕事を始めて、毎日のように知らない人と話している。
人生の中で、いちばん「はじめまして」が多い時期を40歳で迎えている。
そんな僕が最近、自分で発信をするなら「深夜ラジオみたいな感じがいい」と思うようになった。
派手な動画でもない。
完璧に作り込まれた言葉でもない。
夜中に、誰かがぽつぽつ話している。
それを、どこかの誰かが聴いている。
そのくらいの距離感が、なんとなく好きなのだ。
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歌舞伎町で働いていると、毎日たくさんの会話をする。
ホストという仕事は、華やかなイメージが強い。
シャンパンがあって、音楽が鳴って、人が笑っている。
もちろん、そういう時間もある。
でも実際にやってみると、それだけではなかった。
目の前の人が何を話したいのか。
本当は何を聞いてほしいのか。
楽しそうに話しているけれど、今日は少し元気がないんじゃないか。
そんなことを考えながら、人の話を聞く時間のほうがずっと長い。
BARをやっていた頃もそうだった。
カウンター越しに、人の話を聞いてきた。
仕事の話。
恋愛の話。
くだらない話。
人にはなかなか言えない話。
考えてみれば、僕はずっと「話を聞く仕事」をしている。
場所が島根のBARから歌舞伎町のホストクラブに変わっても、そこはあまり変わっていない。
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ラジオも、不思議な場所だと思う。
大勢に向かって放送しているはずなのに、聴いている側には「自分に話している」ように聞こえることがある。
テレビほどこちらを見てこない。
SNSほどこちらの反応を求めてこない。
ただ声が流れている。
聴いていてもいいし、何かをしながらでもいい。
途中から聴いてもいい。
笑ったっていいし、聞き流したっていい。
その自由さがある。
僕が「深夜ラジオみたいに話したい」と思う理由は、たぶんそこにある。
誰かを無理やり振り向かせるんじゃなくて、
「なんかこの人、まだしゃべってるな」
くらいで聴いてもらえる。
でも、ふとした一言だけがその人の中に残る。
そんな話し方ができたらいい。
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40歳で新しい仕事を始めたと言うと、
「すごいですね」
と言われることがある。
でも本人としては、そんなに格好いいものではない。
当然、不安もある。
若い頃なら笑って流せた失敗も、この年齢になると少し恥ずかしい。
覚えるのが遅いこともある。
周りを見て、
「俺、40歳で何やってるんだろう」
と思う日だってある。
それでも次の日になれば、また歌舞伎町に向かう。
昨日より少しだけうまく話せたらいい。
昨日より少しだけ人の話を聞けたらいい。
その繰り返しだ。
人生を変えるような大きな言葉は、たぶん毎日はいらない。
「まあ、明日もやるか」
と思えるくらいの言葉でいい。
僕にとってラジオの声には、そんな役割があるように思う。
誰かの人生を無理に変えようとしない。
ただ、そばにいる。
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僕はいま40歳で、歌舞伎町にいる。
20歳の頃に想像していた40歳とは、たぶん全然違う。
BARの店主をやって、店を閉めて、東京に出てきて、初めてホストになった。
この先どうなるかは、まだ分からない。
でも、それでいいと思っている。
もしこれから自分のことを声で発信するなら、やっぱり深夜ラジオみたいに話したい。
成功した話だけじゃなくて、
失敗した日の話もする。
40歳でも分からないことがある話もする。
歌舞伎町で見た、ちょっと変な出来事も話す。
「40歳からでも、新しいこと始められるんだな」
と、どこかで誰かがぼんやり思ってくれたら、それでいい。
顔も知らない誰かの夜に、自分の声が少しだけ混ざる。
考えてみれば、それはすごく不思議なことだ。
でも、悪くない。
今夜もどこかで、知らない誰かが誰かの声を聴いている。
僕もいつか、
「もう少しだけ聴いていようかな」
と思ってもらえる声になりたい。
それが、40歳になった今の、
僕とラジオの距離だ。
#わたしとラジオ

