誰もが働きやすい環境なんて、本当に作れるのだろうか——“定義できないもの”を扱う人事の物語
夜明け前のオフィスほど、“本質”が顔を出す場所はない。
静まり返ったフロアに、空調の低い音だけが響く。
デスクの端に置いたコーヒーの湯気は、まだ外が寒いことを教えてくれる。
その日は偶然、ハラスメント防止の文章を読んでいた。「業務として必要な知識を整理している」という理由もあるが、ふと目について「読まないとな」という気持ちになったという理由もある。
それと、——“働きやすい環境を作る”という、定義できないものを扱う仕事について、何度でも立ち止まりたくなるからという理由もある。
そこには、こんな文章が書かれていた。
ハラスメント防止の目的は「誰もが働きやすい環境を整えること」。しかし現実には、“善意”が誤解を生み、“配慮”が不公平を作り、“支援”が差別と見なされるという逆転が起きている。
スクロールした指が止まった。
僕の中で、何かがざわついた。
——誰もが働きやすい環境。
そんなもの、果たして作れるのだろうか?
“誰もが”という言葉の裏には、“誰一人として不快にならないこと”が含まれている。けれど、誰一人として不快にさせない行動など、現実的に可能なのか。
いや、むしろそんな場所を作ろうとすると、今度は“言葉を飲み込んでしまう人”が増える。その沈黙こそ、組織にとってはもっと重たい問題になる。
僕は、長い間この矛盾と向き合ってきた。
キャリア支援や人事の現場にいると、こんな相談がしばしば届く。
「ただ手伝っただけなのに、セクハラだと言われました」
「気遣ったつもりが、“特別扱いしないでほしい”と言われました」
「誰かを助けようとしただけなのに、他の社員から不満が出ました」
どれも、根っこは“善意”だ。
でも、善意ほど厄介なものはない。
善意は、自分の中では“良いこと”として成立している。ひどい人は誰もいない。悪気もない。むしろ、相手を傷つける意図など一切ない。
なのに、“加害”だと認定されてしまう。
僕はいつも思う。
——ここに潜むのは、加害性ではなく“価値観のズレ”だ。
価値観は正義と同じで、ぶつかった瞬間に摩擦を生む。そしていま、その摩擦がこれまで以上に増えている。
なぜか?
背景には、社会通念の変化がある。
「女性は子育て優先」
「介護は家庭で行うべき」
「家事は妻の役割」
「男は仕事を優先すべき」
かつて“当然”だとされていたものは、いまでは“当然ではない”。総務省の生活基本調査でも、男性の家庭時間は増加傾向にある。時代が変われば価値観も変わる。その変化のスピードが早い時代では、善意が誤解を生むのも無理はない。
問題は、誰も悪くないのに、誰かが傷つくということだ。
そして、誰も悪くないのに、誰かが謝ることになる。人事として、その光景を見るたびに胸の奥が鈍く痛む。
“誰もが働きやすい環境”——
この言葉の難しさは、立場によって“働きやすさ”の定義がまったく異なることにある。
子育て中の社員にとっての働きやすさと、独身の社員にとっての働きやすさは違う。介護をしている社員と、バリバリ働きたい社員の働きやすさも違う。成果を上げたい人にとっての働きやすさと、生活の安定を重視する人にとっての働きやすさも違う。
どれも正しい。
どれも否定できない。
でも——
全員にとって最適な環境なんて存在しない。
もし“全員”を優先しようとしたら、何かが犠牲になる。必要な対話も生まれなくなる。
「誰もが働きやすい環境」という言葉は、実はものすごく重たい。軽く聞こえるのに、本質はとんでもなく深い。
その矛盾は、人事として僕の中にずっと残っていた。
僕は人事として長く働く中で、一つの結論にたどり着いた。
“働きやすさ”は定義できない。
でも――何を大切にしたいのかという“理由”は共有できる。
制度は万人にフィットさせる必要はない。制度の意図を、ひとつずつ言葉にして、社員と共有すればいい。
例えば、
「この制度は、子育てと仕事を両立したい人を支えるためのものです」
「この運用は、チームとしての公平性を守るために必要なことです」
「この判断は、会社全体の安全と生産性を守るために行っています」
意図を言葉にすれば、たとえ賛成されなくても“理解”はされる。理解されれば、不満は減る。不満が減れば、働きやすい空気が生まれる。
働きやすさとは、実は“制度の良し悪し”ではなく、“背景の説明”によって決まることが多い。
僕はそれを、人事としての経験の中で何度も見てきた。
組織には目に見えない“空気”がある。
・言いにくい
・頼みにくい
・断りにくい
・相談しにくい
この「しにくい空気」は、働きにくさの核心だ。どれだけ制度を整えても、空気が悪ければすべてが台無しになる。
逆に、
・言ってもいい
・頼ってもいい
・断ってもいい
・相談してもいい
この空気があると、制度が多少不十分でも“働きやすい組織”が生まれる。
人事の役割とは、制度を作ることではなく、“空気を整えること”だ。制度は整っていても空気が整っていない組織は山ほどある。
空気が整っているかどうかは、何で決まるのか。
僕ははっきりと言える。
——マネージャーの姿勢で決まる。
相談されるかどうかは、スキルでも知識でもない。その人が持つ“内側の温度”だ。
否定しない姿勢。
急がせない姿勢。
対話を奪わない姿勢。
相手の揺れを受け止める姿勢。
この姿勢が、働きやすさをつくる。
制度より、姿勢。
制度より、空気。
働きやすさの本質は、そこにある。
改めて、冒頭の疑問に戻る。
“誰もが働きやすい環境は作れるのか?”
僕の答えは、こうだ。
環境は作れない。
でも、空気は作れる。
働きやすさは、制度の網で全員を包み込むことではなく、人の心の揺れに寄り添える対話と空気を準備することだ。
“何が正しいか”ではなく、“どういう理由でそうするのか”を共有することだ。そして“誰のためにこの制度があるのか”を、言語化して伝えることだ。
働きやすさは、制度の数で決まらない。
組織の空気で決まる。
人事の役割は、その空気づくりの中心に立つことだ。
僕は、これからも何度でも立ち止まるだろう。“誰もが働きやすい”という、定義できないものに向き合い続けながら。
そしてそのたびに思い出す。
働きやすい環境を作るとは、“誰もが満足すること”ではなく、“誰もが話せる空気を整えること”なのだと。
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