二本と一本
※こちらは、ふうりさん主催「全ネタ枯渇民を救おう!(主催者含む★)」夏休み企画にて、がくせいさんから投げられた髪ゴムをもとに執筆した作品です。5000文字程度。
本編
羨ましい。あの子の右手首を見るたび、私の心には暗い影が差す。
登校後の休み時間、狭い教室で。規則正しく並べられた机の一つを囲む、五人の中心にいるあの子の心には、誰が映ってるんだろうか。
恋をすると女の子は可愛くなる、というが、そんなのはまったく嘘だ。好きな人のこと以外考えられなくなって、他の人に嫉妬して。そんな醜い感情ばかり増えていく。
「そういや動画で見たんだけどさぁ、髪ゴムを右手首に三本つけてたら、片思い中っていう意味らしいよ。詩乃、三本つけてるよね」
どきり、と心臓が跳ねた。現在進行形で気になっていたことだったからだ。聞いてくれた彼女に感謝する気持ちと、あの子……シノと、簡単に談笑できる彼女への嫉妬が混ざって、複雑な感情になる。
シノは、どう答えるのだろう。特定の相手が、いるのだろうか。
……いるんだろうな。だってシノは可愛いし、クラスの中心だし、未だに妖精やお化けを信じているのかなと思うほど純粋だし。センスあるし、笑顔が可愛いし、誰に対しても平等に優しいし。
きっと、沢山の人から好かれているのだろう。
「えー、これ二本と一本って意味だよ~」
「……え?」
虚を突かれたような「え」を、質問した彼女は声に漏らした。私の代弁をしているみたいだ。
どうしよう、シノがそんな浮気性だったなんて。……いや、私はそんなところも好きになれる自信がある。大丈夫だ。
代わりに、集まっていたうちの残りの三人がそれぞれ自由に喋り出す。
「二本が恋人がいるって意味で、一本が恋人募集中って意味、だったよね?」
「……いや浮気しようとしてるじゃん」
「詩乃そんな堂々と浮気宣言しちゃっていいの~?」
「あれ、確かに?まぁ、これ髪ゴム切れた時用で、そんな意味はないよ」
私の心が、明らかにほっとした。
本当は、浮気されるのが嫌だと思っていたみたいだ。自分の心の確認ができて安心した私は手元に置いてある、無意味にページを進めているだけで内容はほとんど記憶に残っていない本をめくった。
私がシノを好きになったのは、二か月ほど前。
理科室の班が一緒で、加熱する実験があった時のこと。
髪ゴムを咥えて腰辺りまである髪を、ポニーテールにまとめようとしているところを見て、惚れた。
元々入学当初から、顔がいい女がいるなと軽く意識していた。
でもそのくらいの認識で、他には何も思うことはなかった。
だって、同性だったし。別にそういう恋心なんてものは抱かないだろうと思っていたから。
だけど、クラスが一緒で。どんな人にも分け隔てなく笑顔で挨拶できるシノに、気付いたら私は惹かれていて。
髪を結っている所を見て惚れたのも、ただのきっかけの一つに過ぎない。
遅かれ早かれ、私はシノに惚れていた。
毎朝毎朝、ご苦労なことに私に挨拶してくれた。
これは二人だけの秘密ねっ、と、校則で禁止されているのに、持ってきてしまった桃色の髪ゴムを見せて微笑んでくれた。
ほどけた靴ひものせいで私がこけて怪我をしたとき、一番最初に絆創膏を持ってきてくれた。
どこまでも優しくて、馬鹿なシノ。
顔もよくて、性格もよくて、私が釣り合うところなんて一つもないところが大っ嫌いだと思った。そのくらい好きだと思った。
だから、今……。
こんなに、くるしい。
今日は体育があった。体育では、髪の毛をおろしていてはいけない。
だけど私は、今日に限って髪ゴムを忘れてしまった。
「……どうしよう」
体操服に着替えるのは私が一番遅く、教室にはもう誰も残っていなかった。
誰かに借りるということはできない。
体育の先生は、怖い人だ。忘れ物一つでもしたら、授業終わりに三分、みっちり怒られてしまう。
憂鬱な気持ちでいっぱいになった時だ。
「あー、やっぱりマコここにいた!」
……私の名前が、呼ばれた。
「シノ」
「もしかして、髪ゴム忘れた?貸してあげるっ」
シノは自分の右手首から、髪ゴムを取り外した。そして、私に向かって差し出してくれた。
あぁもう、これは好きだって……。
私は受け取るのも忘れて、自分より目線が下にあるのに、頼り甲斐のあるシノを見つめてしまう。
「マコ、どうした」
不思議そうに私を見上げたシノが最後まで言い終えることはなかった。
ごめん、シノ。自分勝手なことしちゃった。
「……好きです。他の人が好きでもいいから、私と付き合って」
シノは驚いているのだろうか。どんな顔をしているんだろう。もしかして、引かれちゃったかな。
一切目を開けられずに、私はただ返事を待っていた。
Side~詩乃~
髪ゴムの意味。意識していないわけではなかった。
登校後の休み時間、教室で。いつものように私の席に集まったイツメンの内の一人に、聞かれてしまった。
「そういや動画で見たんだけどさぁ、髪ゴムを右手首に三本つけてたら、片思い中っていう意味らしいよ。詩乃、三本つけてるよね」
その通りだった。私は、片思いをしていた。
あんまり話したことのない、一人の女の子に。
私が挨拶すると目を輝かせて、あまりにもきらきらしていたものだから、つい私も調子に乗っちゃって。
何度も話しかけた。そのたびに彼女は目を輝かせてくれた。
「目力強くて怖いよあんた」
「あんたの目はさぁ、見てたら疲れるんよ」
最近は祖父の介護に忙しい母親に、小学三年生の頃から毎日のように言われた。
いくら事実だったとはいえ、しょっちゅうそう心を抉る言葉を聞いていたら、気にしてしまう。
だから私は、とりあえず母親からそう思われるのはもう仕方ないのかもしれないと割り切り、せめて学校の人たちには怖がられないようにしなきゃ。と、先生にバレないスクールメイクを覚えた。可愛い仕草をできるよう心掛けた。人と話すときは、鏡の前で練習した笑顔を作った。
そうして私は、愛嬌を振りまける可愛い女の子という立ち位置を手に入れた。
でも、そういう立ち位置になってからも、私の目のコンプレックスは根強く私の中に残っていた。
だから、私がずっと相手の目を見て話していたら、視線が外されることに気づいてしまった。
それが怖くて、だけど気付けないことも怖くて。目が合わないことに傷つきながらも、その現実を直視し続けてしまった。
でも初めて、目を逸らさないで、キラキラした目を私に向けてくれた彼女がいた。
話しかけるたびに返ってくる瞳の輝きが、可愛い。気付けばそう感じていて、そこからは一瞬だった。
自身の恋心に気付き、アピールをするようになった。
他の人と同じように接しながら、ちょくちょく視線を送ったり、検索して出てきた女子に惚れる瞬間を実践してみたりと、小さなアピールなのだが。
もちろん全然意味はなかった。だって、元々好意を持たれていたから。話しかけるたびに返ってくる瞳の輝きが、それを物語っていた。
なのに、本人は気付いていない。自分の恋心にも、私からのアピールにも。
……本当に鈍感で、でもそんなところも可愛いと思うのは惚れた弱味なのだろうか。
ただの、朝話しかけてくる友達。と認識されていたように感じる。それがわかりやすく好意に変わったのは、六月ぐらい。
好きになったのは、私の方が先である。
ちらりと、バレないように彼女を伺うが、まるでこちらに興味が無いといったように、本をパラパラとめくっていた。
でも私にはわかる。本当はその目がきょろきょろと、私たちの会話を盗み見てること。
意識しているのがバレバレで、本当に可愛いと思った。悩ませたいな、困らせたいな。とも思った。好きな人に意地悪したい男児の気持ちが痛いほどわかってしまう。
「えー、これ二本と一本って意味だよ~」
「……え?」
「二本が恋人がいるって意味で、一本が恋人募集中って意味、だったよね?」
「……いや浮気しようとしてるじゃん」
「詩乃そんな堂々と浮気宣言しちゃっていいの~?」
「あれ、確かに?まぁ、これ髪ゴム切れた時用で、そんな意味はないよ」
彼女は知らないであろう髪ゴムの意味を、皆が説明してくれて助かった。
どうかな?嫉妬してくれてるかな。気になって彼女を見たい感情を抑え、最後にネタバラシを投下する。
少しでもいいから、不安になっていてくれたらいいな。
自分で確認できないのがもどかしいが、確認したらきっと私からの好意がバレる。
それだけは避けたかった。
私は、彼女と付き合いたいとは思っていない。この両片思いの時間が、一番幸せだと知っているからだ。
誰かと付き合ったら、他の人からの見え方が変わってしまう。私の立ち位置が、きっと変わってしまう。
わからない、もしかしたら人の彼女になったとしても、こうやって皆から囲まれる中心にいるのは私のままかもしれない。
だけど、可能性の話だ。変わらなければ100%このままでいられるのに、確率すらも不明な変化を誰が望むのか。
少なくとも私は、この関係のままでも満たされていたから。
堂々と一緒に話せなくても、挨拶しかできなくても。貴女が困っているときに小さな手伝いしかできなくても。
私は、変わりたくない。
「……好きです。他の人が好きでもいいから、私と付き合って」
願っていなかったシチュエーションのはずなのに、不思議と私の心は高揚していた。心の奥底ではこうなりたかった、ということなのだろうか。
それとも、先ほどの柔らかな唇の感覚や、今までにないほど近づいた距離にドギマギしているだけなのだろうか。
どちらにしろ、私が彼女を好きで、彼女も私を好きなことには変わりがない。……としても、少し考えさせてほしい。
どういうこと?なにがあった?
体育だからと前の授業で、いつもより長い休み時間を貰った。のにも関わらず、後五分で授業が始まるのに全く来る気配のない彼女を迎えに、教室に来た。
そしたら彼女、髪ゴム忘れたみたいで。貸そうとして差し出したら、告られた。
え。私は思わず、自身の右手首に通してある二本の髪ゴムを見てしまう。
左手には、彼女が受け取らなかったもう一本の髪ゴムが残っている。
『二本が恋人がいるって意味で、一本が恋人募集中って意味、だったよね?』
頭の中で、今朝言われたことが反響した。
私も好きだと、伝えるのには勇気が出ない。これまで付き合いたいわけではないと思ってたから特に。
どうにかして行動で示せる方法……。そうだ。
私は、二つのゴムを自分から外し、目を閉じている彼女の腕に通すことにした。
そして、そのまま彼女の後ろに回り込む。
「マコ」
意を決して、彼女の名前を呼んだ。
まごころ、と書いてまこ。私に向ける視線に、嘘偽りのない彼女にぴったりな名前。
私が大好きな、彼女の名前。
私はマコの髪を手櫛で整える。サラサラで引っかかり一つないマコの髪。一生触ってられるけど、この後体育が待ってるからな。時間に余裕があまりないので、さっとポニーテールに結ってあげた。
普段から自分で作ってるポニーテールと同じ形だから、お揃いである。
ここから立ち去ろうと、入り口近くでマコを振り返った私の手首には、もう髪ゴムは残っていない。
だけどこれでいい、マコの手首に髪ゴムが二本あるだけで。
だからこのまま、教室を出ればいいんだ私は。でもできなかった。マコは時々すごく鈍感だから、気付かないかもしれないと思って。
マコがそっと目を開けた。最初に彼女が目をやったのは、私の右手首。
髪ゴムを意識しているのだろうか、私は意味ないって言ってたのに。可愛いなあ。
その後、自分の手首に通されている髪ゴムに気付いた。よほど緊張していたのか、私が通していたことには気づいていなかったようだ。
ほらやっぱり、マコは鈍感だから。……まぁ、説明する勇気が無いのも私なんだけど。
どうすればいいのかわかんなくなって、私は軽く俯く。
「こんなの、勘違いしちゃうよ」
先に沈黙を破ったのは、マコだった。
勘違いじゃないよ。大好きだもん。
「勘違いじゃないから、つけておいてよ」
口に出すとやっぱり気恥ずかしくなって、私はマコに背を向けて教室から出ることにした。
きっとさっきの言葉で、可愛いマコは顔が真っ赤になってるんだろう。絶対可愛いから見たいけど、私も照れくさいから。
可愛いマコを見るのを断念した私がひと気のない廊下を歩いていると、後ろから手首を掴まれた。
驚いて後ろを振り向くと、走ってきたのか前髪が崩れて、頬から耳まで真っ赤なマコがいた。
想像通り、可愛い。
「可愛い」
そっか。変わったから、こうやって堂々とマコに可愛いって言えるんだ。
自分の気持ちを堂々と伝えられるんだ。
変化も案外悪くないのかも、と思った時。
指を、絡められた。恋人つなぎだ。脳で処理するまでに時間がかかった。
……鈍感なマコのくせに。私がドキドキさせられる側とか。
「こういうことで、いいんだよね」
照れたように、でもしっかりと私を見つめる凛とした眼差し。
ああもう、本当に可愛い。
私に恋をするマコが、最高に可愛い。
