ある母親の限界を見た日
職場からの帰り道。
電車は、ぎゅうぎゅう詰めだった。
立っている人でいっぱいの車内。
そのとき突然、
「いい加減にしてよ!!!」
車内に、大きな声が響いた。
一瞬で空気が変わった。
視線が一斉に、その声の方へ向く
胸には泣き続ける赤ちゃん。
その隣には、小学生くらいのお兄ちゃん。
少し前から、
「だから、今日はパパは迎えに来れないって言ってるでしょ」
と何度も説明している声と、
赤ちゃんの泣き声が聞こえていた。
きっと、ずっと続いていたんだと思う。
そして何かが、
ぷつんと切れた。
「いい加減にしてよ!!!」
お母さんは、お兄ちゃんに向かって叫んだ。
車内は静まり返る。
赤ちゃんは驚いたように、
もっと大きな声で泣き始めた。
その瞬間だった。
さっきまで大声を出していたお母さんが、
赤ちゃんを優しく揺らしながら、
「ごめんね、ごめんね。」
「もうすぐ着くからね。」
と小さな声で何度も話しかけていた。
怒っている人じゃなかった。
限界だったんだ。
駅に着くと、
「すみません。」
「通ります。」
「すみません。」
周りの人に何度も頭を下げながら、
人混みをかき分けて降りていった。
あの姿を見て思った。
この人は普段から、
周りに気を遣える人なんだろうな、と。
だからこそ、
公共の場で声を荒げてしまった自分を、
きっと誰より責めていたんじゃないかな。
あのとき私は、
何か声をかけてあげられるかな、、
なんて考えていた
でも、お母さんは一度も周りを見なかった。
いや、
見られなかったんだと思う。
あの人の世界は、
泣く赤ちゃんと、
納得できないお兄ちゃんと、
そして必死に二人を守ろうとする自分だけでいっぱいだったから。
子育てをしていると、
「なんでそんなことで怒るの?」
と思われる瞬間がある。
でも、その”そんなこと”は、
その日初めて起きたことじゃない。
朝から積み重なった疲れ。
寝不足。
時間との戦い。
周りへの気遣い。
「迷惑をかけちゃいけない」というプレッシャー。
その全部が積もって、
最後の一本で糸が切れる。
私はあの日、
怒鳴った母親を見たんじゃない。
必死に頑張ってきた一人のお母さんの、
「限界」を見たんだと思う。
