【日記】私はなぜ文章を書くのか -ハッピーライティングマラソン
本田健氏が主催している、ハッピーライティングマラソンに参加することにした。いや、すでにこの記事を投稿している時点で、参加している。
なぜか。ユダヤ人の大富豪に学びたいからでも、幸せな金持ちになりたいからでもない。それは、私の小説をとにかく読んでほしいからだ。
私は日々、小説をnoteに投稿している。
読者の皆さんのおかげでそこそこ読まれるようにはなってきたが、限界も感じる。主催者である本田健氏をはじめとした、noteを代表する作家と比べると、まだまだ読まれていない。
そのため、アクセス数稼ぎのためにこの企画に乗っかることにした。やはり、私は卑劣な男だ。
さて、この企画のお題は「あなたはなぜ文章を書くのですか?」である。
なぜ私が文章を書くのか。その理由は極めて明白だ。冒頭でも述べたが、とにかく読んでほしいから、その一言に尽きる。
だが、なぜ読んでほしいのか。それを問われると、途端に答えに窮する。承認欲求か。自己顕示欲か。それとも単なる寂しさか。
いや、違う。もっと根深い何かがある。
世界に対する、言いようのない苛立ちがあるのだ。数々の社会問題、思考停止している人々、疑問を持たない日常、当たり前だと信じて疑わないもの全てに対する、説明のつかない怒り。
しかし、同時に私は知っている。この怒りもまた、取るに足らないものだということを。世界は私の感情など気にも留めない。私の小説など読まれなくても、何も変わらない。
それでもなお、書かずにはいられない。
これは矛盾である。無意味だと知りながら、それでも意味を求めてしまう。誰も聞いていないかもしれないのに、叫ばずにはいられない。
私の文章は、ちっぽけな男のちっぽけな叫びだ。世界の片隅で、誰に向けるでもなく発せられる、みじめで、それでいて諦めきれない声である。
だが、もしかしたら—本当にもしかしたら—誰かがその声を聞いてくれるかもしれない。誰かの心に、ほんの小さな波紋を起こすかもしれない。
私はそんな絶望的な希望を抱きながら、今日も文章を書き続けている。
最後に、普段から読んでいただいている読者の皆様、この記事を読んでいただいた皆様には、心からのお礼を言いたい。
そういえば、実は一つ嘘をついた。
幸せな金持ちには、なりたい。
