見出し画像

実験の時間が、始まりつつある。

少しだけ、少しずつ、呼吸を取り戻している気がする。
心が、息を吸って吐くリズムと深さを。

こうして、何かを書いておきたいと思えること。あらかじめ書く内容が決まっていなかったとしても。
妻とゆっくり朝ごはんを食べながら、美味しいねと言い合えること。
お酒を飲みつつテレビを見ながらケタケタと笑えること。
生き物たちの仕草を愛らしく思い、たとえば風に香る匂いや鼓膜を震わす音に心を動かせること。
心が、またゆっくり、深く息をし始めている気がする。

客観的に見れば、状況は芳しくないとも言える。
今の自分は、社会的な身分という意味では”なにもない人”だ。

そうなったことは、何度かある。
新卒で入った会社を辞めたとき。
キャリアアップを目指して転職して、全く合わずにずっこけたとき。
初めて管理職を任せてもらって勇躍したものの、歯が立たず動けなくなったとき。

みんなが苦もなく乗り越えているように見えること。
自分も乗り越えられるだろうと思っていたこと。
くっきりと眼に浮かぶ幸せな家庭像。たとえば子供がいて、ローンを組んだ持ち家があるような。

どれも、意外なほど叶っていない。思いがけない場所で、思いがけない今だ。ちょっと前の自分だったら、途方に暮れていただろうな。
いや、そもそもこういう状態になりうるような仕事を選んでもいなければ、前の仕事を辞めてもいなかったかもしれない。
苦々しいことがあっても、呑み込んだり適応したりしながら、それはそれで違う形の育ち方をしていたかもしれない。

たぶん、今の自分は”なにもなくはない”んだ。
続けたくて、じっくり育みたいことがある。もっと試してみたいことがある。
大切にしたいことがあるんだ。

今、これまでと少し違うのは、何度目かの”なにもない人”になっている自分は、どうやら途方に暮れていなさそうなこと。
具体的な次の一手を、荒削りでも描いていること。
それはたぶん、大切にしたいことがあるから。
大切にしたいこと。Hidamari no Hitsujiという場を通して出会ったたくさんの人たち。顔が眼に浮かび、声が耳に蘇る。
手ざわりのある時間。体温を感じる人とのつながり。

どこまでいけるだろう?何もうまくいく根拠なんてないことを、自分は心を込めてやろうとしている。
愚かだろうか?愚かかもしれない。だけど、今は足を止めたくない。向きを変えたくない。進んでみたい。

そのために、大切なことを大切にするために、大切な人たちに丁寧で真摯で、そして朗らかにいたい。
今はそんな気持ちだ。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集