瞳に映る色は
今年も8月31日がやってきた。
瞳に映る色は何色だろうか。
他の人と見えている色が違う。
この時の絶望感をどう表現したらよいのかわからない。
周りの人と見えている色が違うと当然に会話が食い違う。
想像できるだろうか。
是非とも想像してみてほしい。
色の識別そのものに、私自身に問題があった訳ではない。
ただ、考え方や感じ方が人と違っていたのだ。
人と違うことが知れてしまうと、当然のように仲間からは外される。
みんなが青色と納得しているものに違う色だという者は邪魔者なのだ。
ある日の授業で
「空の色は何色か?」
という問題があった。
周りの人や先生は当然にそれが常識だというように
「青色」と断言した。
凄く不思議だった。
私には黄色に近い橙色に見える時もあるし、茜色な時もあるが、藍色に近い時もあるものが空だったからだ。
私は青色だとは言わなかった。
むしろ、本当に空を知っているのか?ちゃんとみているのか?
なぜこの空を『青色』という単一化ができるのかが凄く不思議だった。
空だけでない、海も山も目に映る全ては生きていて
「○○は何色ですね。」なんて断言ができない。
私は自分自身、それで良いと思っていた。
しかし残酷にツラい事も沢山あった。
人と感性が違う。
見えているものが違う。
人と考え方が違う。
感じる内容が違う。
とてもツラい事があった時に私は早く大人になりたいと願った。
こんなエピソードを覚えている。
小学校2年生の時に短冊に願いを書く授業があった。
みんなは『子どもらしく』
プロ野球選手になりたい
ケーキ屋さんになりたい
など書いていたが、
私は『イランイラク戦争が早く終わりますように』
と書いた。
先生は『子どもらしい』願いにしたらと窘めたが、私には何故に現実をみないのかが理解できなかった。
とにかく早く大人になりたかったのだと思う。
子どもの頃から新聞や本が好きで、色々なニュースをみて社会とは何かを学ぼうとしていた。
色々な本を借りてきては沢山読んだ。
子どもらしさを求める、そんな評価しか無い現実から早く逃げ出したかった。
テストでどんなに良い点数を取り続けても、それがまた足枷になって完全に浮いていた。
学校に通わないと大人になれない訳でない。
学校になんて行きたくなかった。
しょっちゅう私は学校を休んだ。
私は新しい世界を探していた。
常に新しい世界を探していた。
知らないことを知ることは私の世界を確実に広げてくれた。
本の世界に入っている時は、私の場所がそこにあった。
ガリバー旅行記という本がある。
人が大きくなったり、人が小さくなったり、島が空に浮いていたり。
世界が変わってみえてとにかく面白い本だった。当時の私には、世界をもっと知りたいと冒険に出るような1冊になった。
現実では色々なことが起こって嫌になることは沢山あると思う。
理不尽な現実に直面して嫌になることもあると思う。
私自身も沢山あり、悩む時も多い。
もし本当に嫌なことがあったら【あなたの世界を変えて欲しい】と思う。
あなたの世界を変えるというのは、あなたが悩んでいる原因そのものを全く別に変えてしまうということです。
別に変えてしまうのが難しい場合には、距離をとれるように。
まずは、ゆっくりと休んで心と体を。
2020年は世界そのものが大きく変わってしまって、私も落ち込んだり、悩んだりすることがまた多いけれど、また来年も8月31日にnoteが書けるように。
生きることは冒険をすること。
新しい世界に出かけよう。
ゆっくり休んで出かけよう。
世界はきっと待っている。
あなたを待っているよ。
瞳に映る色は何色だろうか。
どんな世界が待っているだろうか。
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