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【森の人類学#5】北海道「アイヌ」のアニミズム。カムイとイオマンテ

神と熊はイオマンテの儀礼を通してループ状でつながっており、また人と神と熊はアイヌの世界観でははっきりと切り分けることができない

奥野克己『これからの時代をいきぬくための文化人類学入門』p191

はじめに

この記事では、文化人類学者・奥野克巳さんの著作と、アイヌ文化を解説した資料を手がかりにしながら、アイヌのアニミズムや世界観について紐解いていきたいと思います。
本記事でも取り上げるクマ送りの儀礼(イオマンテ)と、クマの魂を送る儀式(カムイホプニレ)の動画があったのでシェアします。


「特別な人」を必要としない

まず印象的だったのは、アイヌの宗教のあり方です。

アイヌの信仰には、修行によって選ばれた聖職者や、教えを独占する専門家が存在しません。日々の祈りや祭祀は、各家庭や集落の中で行われ、知識は儀礼に参加し、年長者を手伝いながら、自然に身につけていくものだと説明されています。

「アイヌの宗教は、修行によって特別な者になることを求めない。…一般的な祭祀は、各家庭の男性が中心となって執り行う。」

竹内清乃『別冊太陽 アイヌをもっと知る図鑑』p10

この記述を読んで、宗教というよりも、「暮らしの延長」に近いものなのだと感じました。

信仰が生活と切り離されていない。だからこそ、善悪を厳しく裁かれることもなく、特別な存在にならなくても、死後の幸福が約束されている。
この感覚は、日本の民間信仰や神道にも、どこか通じるものがあるように思います。

「人間を支配する神」ではない

アイヌの世界観を理解する上で欠かせないのが、「カムイ」という存在です。

カムイは一般に「神」と訳されますが、ここでいう神は、人間の上に君臨する絶対者というよりも、人間と深く関係し合う存在として描かれています。

神話の中では、人間は動植物をはじめとする神々によって生み出され、神々のような力を持たない、弱い存在だと語られます。そのため、神々は人間を庇護し、水や動植物といった恵みを与える役割を担うとされています。

「神々は人間を庇護する役割を負い、水の神は自らの母乳(水)を、動植物であれば自分たちの身体を与えることで人々を生かす。」

同上

円環的な世界観

アイヌの世界観では、人は人として生まれ変わり続け、動物に転生することはないとされています。ただし、人と動物のあいだの境界は、私たちが思うほどはっきりしたものではありません。

「アイヌ民族を含む北方民族の世界観では、人と動物の境目はあまり明確ではなく、動物が人の姿に変わったり…異類婚姻譚がたくさんある。」

同上

動物が人の姿に変わったり、人が動物の伴侶となったりする異類婚姻譚が数多く残されていることからも、その感覚が伝わってきます。

アイヌ民族にも動物神を先祖に持つ家系があり、また動物になって神の世界へ嫁いでいった人の伝承もある。このように神の世界へ行った者には、通常の祖霊祭祀は行わず、神々への祭死とあわせて祀る。

同上

人・カムイ・熊が一体となるアニミズム

奥野克巳さんは、近年の文化人類学におけるアニミズムの再定義を紹介しながら、アイヌの信仰をその代表例として取り上げています。

「アニミズムとは、人間と人間以外の存在との間に内面的な連続性を認め、両者が精神的な意味合いで、同じような存在者であると考える思想だと再定義されています。」

奥野克巳『これからの時代をいきぬくための文化人類学入門』p190

アイヌの古老が語る
「人とは神であり、神は人である」
という言葉は、この連続性を端的に表しているように感じました。

神の国では神は人の姿をしており、人間の世界を訪れるときには熊などの動物の姿をとる。逆に、人が亡くなれば、神の国へ行きカムイとなる。

この循環の感覚は、私たちが慣れ親しんできた「人間/自然」「生/死」という二元論とは、かなり異なるものです。

カムイとイオマンテ(熊送り)

その世界観がもっとも象徴的に表れているのが、イオマンテ(熊送り)の儀礼です。

「アイヌのクマ送り(イヨマンテ)とは、クマの魂をカムイ(神)の世界に送る儀礼である。それもまた、こちらから送られたクマの魂が、裏表がない(メビウスの帯)状にひとつながりになった、カムイの世界であるあちらに達し、クマがふたたび肉や毛皮というみやげを提げて、こちら側に還ってくるという構造になっている。」

奥野克巳『絡まり合う生命』p205

熊は一方的に「狩られる存在」ではなく、人間のもとを訪れ、もてなされ、再び神の国へと帰っていく存在です。

神の国へと送り返されたカムイは、人間の土地で丁重にもてなされたことを報告します。すると、今度は他のカムイが熊となって、土産と毛皮を携え、人間の土地へと降りてくるのです。
このように、神と熊はイオマンテの儀礼を通してループ状でつながっており、また人と神と熊はアイヌの世界観でははっきりと切り分けることができないほどつながっているのです。これが人間と人間以外の存在の内面的な連続性であり、アニミズムの特徴でもあります。

奥野克己『これからの時代をいきぬくための文化人類学入門』p191

この世界が直線ではなく、輪のように回っているという思想のようです。
生と死、こちらとあちらが、はっきりと切断されていない世界ですね。

疫病とアニミズム

ここで少し視点を現代に戻してみたいと思います。

コロナ禍は、人間が自然を管理し、制御できるという前提が、いかに脆いものであったかを突きつけました。
私たちが長いあいだ、人間の都合を最優先にして自然や動物を切り分け、安全で快適な「人間だけの世界」をつくろうとしてきた。と、奥野さんは指摘しています。

「人間が人間の力を過信し、人間の手によって破壊された自然からしっぺ返しを受けていると言っても過言ではない。」

奥野克巳『絡まり合う生命』p206

コロナは、偶然の事故というよりも、人間中心主義が積み重なった結果として、静かに現れた出来事だったのかもしれません。

アニミズムは、人間を世界の外に立たせません。人間もまた、動物やウイルス、森や水と同じく、関係の網の中に組み込まれた存在だと捉えます。

「壁を取り払って、アニミズムの通路を歩め」

同上

奥野さんのこの言葉は、過去の世界へ戻ろうという呼びかけではなく、これからの時代をどう生きるかを考えるための、ひとつのヒントなのだと、私は感じます。

モノや鹿や蛇やクマなどが人間のように振る舞う世界へと抵抗なくすんなりと入っていけるようなアニミズム的な感受性を、自らのうちに養い続けることは、新型コロナ感染症という二十世紀初頭に私たち人類が被った窮状を長い目で見て乗り越えるひとつの智慧である

同上

引用・参考文献

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