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「無視する」ことは、コミュニケーションではない

最近、「Gen Zステア」という言葉を知った。

何か話しかけられても、すぐに言葉で返事をせず、
無言で相手を見つめる。

一見すると、ただの無視にも見える。

しかし、その背景には、
「え? 何を言っているの?」
「どう答えればいいの?」
「それ、私に聞く?」

といった感情があり、それを言葉ではなく
表情や視線で伝えている場合もあるらしい。

これを見ていて、ふと思った。
「無言で伝えること」と「言葉で調整すること」
は、似ているようで全く違うのではないか。

瓦そばを食べずに帰った高校生

以前、ある飲食店経営者が話していた、
アルバイトの高校生とのエピソードが
印象に残っている。

その女の子が初めてアルバイトに来た日、社長が、「まかないで、お店のメニューなら何でも作ってあげるよ」と言った。

すると彼女は、
「瓦そばが食べたい」とリクエストした。
そこで社長は、希望通り瓦そばを作った。

ところが、
出来上がった瓦そばを彼女は少し眺めただけで、
一口も食べず、そのまま帰ってしまった。

社長は、
「突然帰ったけど、もう明日から来ないのかな?」と心配した。
ところが、翌日も普通に出勤してきた。

そこで社長が、
「昨日、なんで瓦そばを食べずに帰ったの?」
と聞いた。

すると彼女は、
「ネギが嫌いだから」と答えたという。

これを聞くと、
「それなら最初に言えばいいのに」
と思ってしまう。

「ネギが苦手なので、抜いてもらえますか?」
それだけで済む話だった。

あるいは、出来上がってからでも、
「すみません、ネギが苦手なんです」
と言えばいい。

社長だって、「じゃあ取るよ」
と対応できたかもしれない。
ところが、彼女は何も言わず、食べず、帰った。

その結果、社長は「辞めるのでは?」と
心配することになった。

問題は「ネギ」ではない

この話で問題なのは、
ネギが嫌いだったことではない。
好き嫌いなんて誰にでもある。

問題は、
「自分が困っていることを、
 相手に伝えて調整する」
 
という行為ができなかったことだと思う。

人間関係では、
すべてが自分の思い通りになるわけではない。

だから、
「これは嫌です」
「これは苦手です」
「こうしてもらえませんか?」
「ここが分かりません」
「今の説明をもう一度お願いします」
と伝える必要がある。

そして相手も、
「分かった」
「じゃあこうしましょう」
と調整する。

これがコミュニケーションなのだと思う。

「無視」は、短期的にはものすごく楽

嫌な相手との会話を無視してしまう。
これは、ある意味では非常に楽だ。

何も説明しなくていい。
言い返さなくていい。
交渉しなくていい。

その場から離れてしまえば、
それ以上会話をしなくて済む。

しかも、一度しか会わない相手なら、
それで終わることもある。

しかし、職場ではそうはいかない。
今日嫌なことがあっても、明日また会う。

店長とも会う。
同僚とも会う。
お客さんとも会う。

だから、
「嫌だから関わらない」ではなく、
「嫌なことがあっても、
 どうすれば一緒に仕事を続けられるか」
 
を考えなければならない。

これは、かなり高度なコミュニケーションだ。

「読解力」と「調整力」は違う

ここで、
「最近の若者は読解力がないから無視する」
という話にしてしまうと、少し違う気がする。

むしろ問題になるのは、

「相手の意図を読み取る力」だけではなく、
「自分の意図を相手に伝える力」
 
なのではないだろうか。

そして、その間にあるのが「調整する力」だ。

自分と相手の希望が違ったとき、
「じゃあ、どうしましょうか?」と話し合う。
これができれば、人間関係はかなり楽になる。

逆に、
「嫌だから無視する」
「嫌だから帰る」
「嫌だから辞める」
だけになってしまうと、
毎回、人間関係をリセットすることになる。

職場は「仕事を覚える場所」だけではなくなっている

もし本当に、
こうした若者が増えているのだとすれば、
企業や飲食店にとっても無視できない問題になる。

店側は、
「料理の作り方」
「レジの操作」
「接客の仕方」

を教えるだけでは足りない。

「分からなかったら聞いてね」
「嫌なことがあったら言ってね」
「失敗したら、その理由を説明してね」
「困ったときは一人で判断して帰らず、まず相談してね」
というところから教える必要が出てくる。

つまり、

仕事以前のコミュニケーションそのものを
教育する必要がある。
これは企業にとって、かなり大きな負担になる。

だからといって、
「最近の若者はダメだ」
と切り捨てても何も解決しない。

対面で人と接する機会が減り、
オンラインでのコミュニケーションが増えた結果、
昔なら自然に身についた「人との調整方法」を
学ぶ機会が減っている可能性もある。

「何も言わない」は、相手に考えさせる

考えてみれば、「無視」の怖いところはここだ。

自分は何も言っていない。
だから、
自分にとっては何もしていないように感じる。

しかし相手は、
「怒っているのかな?」
「嫌われたのかな?」
「何かまずいことをしたのかな?」
「辞めるつもりなのかな?」
と考えなければならない。

つまり、

自分が言葉を省略した分だけ、
相手に推測の仕事を押しつけている。

瓦そばの社長も、まさにそうだった。
「ネギが嫌い」という
たった一言があれば済んだ話を、

「突然帰った。もう来ないのかな?」
というところまで考えさせられてしまった。

これからの職場で必要になるもの

これからAIが普及し、
仕事そのものが効率化されていくと、
人間に求められる能力も変わっていくのかもしれない。

知識を覚える。
計算する。
文章を作る。
情報を探す。

そうしたことは、AIがかなり助けてくれる。

その一方で、
「自分と違う人間と、どうやって一緒にやっていくか」という問題は残る。

嫌なことを嫌だと伝える。
分からないことを分からないと言う。
相手の話を聞く。
自分の事情を説明する。
そして、お互いに少しずつ譲って着地点を探す。

これはAIに任せることのできない、
人間同士の仕事なのかもしれない。

「無言で見つめる」という
 新しいコミュニケーションが注目される時代。

もしかすると、これから重要になるのは、
「何も言わずに済ませる能力」ではなく、
「必要なことを、必要な相手に、
 きちんと言葉で伝える能力」
 
なのではないだろうか。

瓦そばにネギが入っていた。
たったそれだけの出来事でも、
「ネギ、苦手なんです」
と言えれば、何も問題は起きなかった。

人間関係というのは、案外そういう小さな一言で、
大きく変わるものなのだと思う。



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