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koichiakamine
声にならない声と共に生きた日本
昔は、喋れなかったり、知能に遅れがあったり、体の自由がきかない人が、普通に家庭にいた。
友達の家に遊びに行くと、居間の隅で、言葉の出ない大人がウーウーと声を出していたりした。
それを見ても、誰も驚かない。
「この人は喋れないんだな」──ただそれだけのことだった。
先日、明治時代を舞台にした映画を見ていて、
身振り手振りだけで会話しようとする人が登場した。
その姿を見たとき、ふと昔の記憶のような感覚が蘇った。
ああ、そういえば、かつての日本には、あのような人たちが確かにいたな、と。
明治から大正にかけての時代、人々はまだ「障害者」という言葉をほとんど知らなかった。
医学も福祉も未発達で、誰がどんな病気なのか、診断もされない。
それでも、人々の暮らしの中には、喋れない人、耳が聞こえない人、体が不自由な人が、
当たり前のように存在していた。
それは「共存」などという立派な理念ではない。
ただ、同じ家にいて、同じ空気を吸っていたというだけのこと。
村や町が小さく、誰がどんな人かを皆が知っていた。だから、「少し変わった人」として受け入れられていたのだろう。
当時は、字の読めない人も多く、
身振りや声の調子で思いを伝えることが日常だった。
言葉よりも、表情や空気で理解し合う世界。
だから、「喋れない」ことが、今ほど不便ではなかったのかもしれない。
近代になって「福祉」や「教育」が整うと、
人は守られるようになった。
けれど同時に、「特別支援」「施設」という名のもとに、家庭や地域から姿を消していった人たちもいる。
かつての「ウーウーと言う人たち」は、
社会の片隅ではなく、生活の真ん中にいた。
彼らの声にならない声は、きっと家族の一部であり、時代の音でもあったのだと思う。
