言い負かさなくていい──意見が言えない人のための、討論の構え方
暴力はいけない。それははっきりしている。問題は、そこから「意見がぶつかること自体も避けたほうがいい」まで地続きに考えてしまうことだ。
討論や意見交換の場で、いわゆる「けんか」に近いぶつかり合いが生じることは、ときにある。会議でも、家庭でも、現場の打ち合わせでも。これは避けなくていいものだ。
なお本稿でいう「討論」は、正式なディベートのことではない。意見が食い違う場での話し合い全般を指している。
問題は、その場に立てない人が少なくないことだ。言いたいことはある。おかしいと思っている。それなのに口が動かない。結局、決まったあとで「やっぱりあれは違うと思っていた」と胸の内でつぶやいて終わる。
本稿は、そういう人が何を持って臨めばいいのかを、四つの構えと、二つの技術に分けて整理したものである。構えを先に置くのは、順番を逆にすると技術が使えないからだ。
前提──討論は勝負ではない
まず土台をひとつ置く。
討論は、相手を倒す場ではない。より良い結論を、その場にいる全員で探す共同作業である。
きれいごとに聞こえるかもしれないが、これは実務的な話だ。「勝ち負け」で捉えている限り、発言はすべてリスクになる。負ければ恥をかき、勝っても相手に恨まれる。どちらにも転びたくないから、黙っているのが最適解になってしまう。
一方、「一緒に探している」と捉えれば、自分の意見は攻撃ではなく材料になる。材料を机に出すことに、恥はない。
この置き換えだけで、体感の重さはかなり変わる。以下はすべて、この土台の上に立っている。
構え① 人と意見を切り離す
否定されているのは、あなたではない。あなたが机の上に置いた意見のほうだ。
当たり前のようでいて、この切り分けは実際にはかなり難しい。自分の案が「甘い」と言われたとき、人は「自分が甘いと言われた」と受け取ってしまう。ここで痛みが生まれ、次から口をつぐむようになる。
交渉術の古典『ハーバード流交渉術(Getting to Yes)』(Roger Fisher(ロジャー・フィッシャー)、William Ury(ウィリアム・ユーリー)、1981年)は、この点を第一原則に据えている。「人と問題を切り離す」。人は自分の立場と一体化しやすく、立場への反論を人格攻撃として受け取ってしまう。だから、関係の問題と中身の問題は別々に扱え、というわけだ。
これは相手のためだけの技法ではない。自分を守るための技法でもある。 意見が否定されても、自分は一ミリも減らない。この感覚が身につくと、討論に出ていく心理的コストは目に見えて下がる。
構え② 間違えても、そこで終わりではない
「言い負かされたらどうしよう」という恐れは、たいてい発言を止める最大の要因になる。
この恐れの正体は、多くの場合「中身を間違えること」ではなく、「人前で間違えた人として見られること」のほうにある。恐れているのは損失そのものではなく、評価である。
ここは正直に書いておきたい。負けることに一切のコストがないわけではない。断定した情報が間違っていれば信用は少し削れるし、相手に余計な手間をかけさせることもある。損は損だ。
ただしそれは、取り返しのつかない損ではない。
自分が正しかった → 議論が前に進む
自分が間違っていた → その場で修正でき、次に使える情報が手に入る
どちらも回収できる。回収できないのは、出さずに持ち帰った意見のほうだ。それは誰の目にも触れず、検証もされないまま、胸の内に残り続ける。
構え③ ゴールを「机の上に置くこと」にする
目標設定を間違えると、討論はとてつもなく重い行事になる。
「相手を説き伏せる」をゴールにすると、成功率は当然低くなる。相手にも立場があり、事情があり、時間もない。説得できないことのほうが多い。そして失敗体験が積み上がり、また黙るようになる。
そこで、ゴールをこう置き換える。
自分の考えを、きちんと場に出す。出せたら、その時点で成功。
採否は相手や組織が決めることで、こちらの管轄外だ。管轄外のものを目標にすると、人は動けなくなる。自分で制御できる範囲に目標を下ろす。これは逃げではなく、続けるための設計である。
構え④ その場で言えなくても、後から言い直せる
討論は一発勝負ではない。その場で言い負かされても、うまく言えずに終わっても、後から伝え直せばいい。
「さきほどの件ですが、やはりこう思います」
「一晩考えて、やっぱり気になったので言わせてください」
むしろ、時間を置いたぶん整理されていて、その場の勢いで放った言葉より通りやすいことすらある。「言い直してもいい」という逃げ道を用意しておくこと自体が、その場での発言のハードルを下げてくれる。
退路があるから前に出られる。 これは矛盾ではない。
ここまでが構えである。ここから先は、その上で使う技術を二つ。
技術① 難所は「伝え方」ではなく「発言権の取り方」
ここは実感としてかなり大きい。
言いたいことがある人ほど、実は言葉に困っていない。困っているのは入るタイミングのほうだ。相手が話し終わるのを待ち、区切りを待ち、待っているうちに話題が次へ移り、機を逃す。そして「言えなかった」という記憶だけが残る。
対処は、まず一言だけ差し込む練習から始めることだ。
「ちょっといいですか」
「一点だけ確認させてください」
「結論だけ先に言うと、私はこの案に反対です」
大事なのは、確保の一言と、結論の一文をセットにしておくこと。場を止めておいて中身がまとまっていないと、次から取り合ってもらえなくなる。逆に、結論の一文さえ置ければ、理由は後から足せる。
先に場所を取り、結論だけ置く。理由は後から足す。
意見を言うのが苦手な人の多くは、「完璧な主張を用意してから発言しよう」としている。順序が逆である。
ただし、割り込みが許容される度合いは場によってかなり違う。上下関係の強い会議なら、割って入るより先に「最後に一点だけ時間をください」と司会に予約しておくほうが通る。要は、話し始める権利をどう先に押さえるか、という話である。
技術② 反論の前に、相手の言い分を要約して確認する
反論をいきなりぶつけると、相手は身構える。身構えた相手は、こちらの話を聞かない。そうなると、いくら正しくても通らない。
そこで順番を変える。
「つまり、コストを優先したい、という理解で合っていますか。そのうえで、私はこう考えています──」
要点は、要約すること自体ではなく、合っているかどうかを相手に返すことにある。ここを省くと、単なる会話術になってしまう。
このやり方には古典的な裏づけがある。心理学者の Carl Rogers(カール・ロジャーズ)は、Fritz J. Roethlisberger(フリッツ・レスリスバーガー)との共著論文「Barriers and Gateways to Communication」(『Harvard Business Review』1952年7-8月号)のなかで、ちょっとした実験を提案している。議論が行き詰まったら、次のルールを導入してみるといい──発言してよいのは、直前の話し手の考えと感情を、その話し手が納得する形で言い直したあとだけ。
Rogers が求めているのは要約の技術ではなく、相手の参照枠に立って理解することである。だから「納得する形で」という条件がつく。合っているかを本人に確かめる一言は、この条件を満たすための最短の方法だ。
Rogers 自身、簡単そうに見えて実際にやってみると非常に難しい、と付け加えている。まさにそのとおりで、要約しようとした瞬間に、自分が相手の話を半分しか聞いていなかったことに気づかされる。
副次的な効果もある。要約している数秒のあいだに、こちらの頭が整理される。とっさに言葉が出ないタイプの人にとって、この数秒は貴重な時間になる。
補足──型をひとつ持っておく
道具も一つ持っておくと心強い。アサーション(自他を尊重した自己表現)の分野で知られる「DESC」がそれだ。Sharon A. Bower(シャロン・バウアー)と Gordon H. Bower(ゴードン・バウアー)の『Asserting Yourself』(1976年)で提唱された台本づくりの方法である。
Describe(描写) ── 事実だけを述べる。「この工程が三週続けて後ろ倒しになっています」
Express(表明) ── 自分の考えや気持ちを言う。「このままだと納期が心配です」
Specify(提案) ── 具体的にどうしてほしいかを言う。「着手を一週間前倒しできませんか」
Consequences(結果) ── そうするとどうなるかを示す。「そうすれば検査の日程に余裕が出ます」
要点は、話す前に台本を書くという発想にある。とっさに言葉が出ない人ほど効く。慣れれば頭の中で組めるようになる。
なお日本語の解説では、四つ目の C を Choose(選択)として、相手が受け入れた場合と受け入れなかった場合の双方について自分の対応をあらかじめ用意しておく、という形で説明されることが多い。原典の Consequences が「提案を受け入れた/受け入れなかったときにどうなるか」を相手に示すものであるのに対し、Choose は「そのとき自分がどう動くか」を準備する。近いが、同じではない。どちらも使えるので、場面で選べばいい。
この記事が当てはまらない場面
正直に書いておきたいことが二つある。
ひとつ。ここまでの話は、議論が成立する場を前提にしている。相手が最初から聞く気がなく、立場の力で押し切ってくるだけの場は、討論ではない。ハラスメントや威圧は、話し方の工夫で解決すべき問題ではなく、記録を残す・第三者を入れる・場から離れるといった別の対処が要る。構えを整えても通らない相手はいる。それは自分の力不足ではない。
もうひとつ。「人と問題を切り離す」という考え方には批判もある。関係性そのものを問題の中心に置く文化圏では、この分離は不自然に映るという指摘だ。日本の職場にも、思い当たる場面はあるだろう。原則は万能ではなく、場に合わせて使い分けるものだと考えておきたい。
おわりに
まとめると、こうなる。
構え
否定されているのは人格ではなく、机の上に置いた意見
間違えても、そこで終わりではない。回収できる
ゴールは説き伏せることではなく、場に出すこと
その場で言えなくても、後から言い直せる
技術
発言権を先に確保し、結論だけ置く。理由は後から足す
反論の前に、相手の言い分を要約して、合っているか確認する
意見が言えないことを、性格だけの問題にしなくていい。上下関係、過去に発言して嫌な思いをした記憶、考えを整理してから話す気質、そもそも発言の順番が回ってこない会議の設計。原因はいくつもある。負けることのコストを高く見積もりすぎているのも、そのうちの一つにすぎない。
発言にリスクがないとは言わない。ある。ただ、黙って持ち帰ることにも、目に見えにくい損失が同じだけある。天秤にかけるべきなのは「発言する/しない」ではなく、この二つのコストのほうだ。
言い負かす必要はない。机の上に置くだけでいい。置いたものが採られるかどうかは、そのあとの話である。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!
いただいたチップはなんやかんやと活動費に使わせていただきます!