猿の真似から始まった。私の第二の人生は。
「誰に言われた、こんなことを!」
ドスの効いた声が、派遣の現場に響いた。
声の主は、三十そこそこの現場リーダー。
身長は私より頭ひとつ低い。学歴も、おそらく…ではなく、絶対私より低い。社会経験も、資産も、人生の重さも——あらゆる意味で、私の方が上のはずだった。
それでも私は、その場で黙って頭を下げた。
心の中では、完全に別の映画が上映されていたけれど。
人生の黄昏時だった。私はビジネスホテルのオーナーを経て、貿易業で派手に転び、長い無気力の時期を経て、ある日ふと思い立った。
今まで一度も、「使われる側」を生きたことがない。
それが問題だったのかもしれない、と。
そうして私は、派遣登録をした。身長180センチ、元社長、当時五十代後半。派遣会社の窓口の若い女性が、履歴書を見て一瞬だけ目を丸くした気がしたが、気のせいにしておいた。
初日、初案件の現場に入ってすぐわかったことがある。
ここには、説明というものが存在しない。
マニュアルもない。手順書もない。
日本語は一応使われているが、言葉を交わす必要すらない。
あるのは、黙々と動く先輩作業員の背中だけ。「見てわかるだろ」という空気だけが、作業場いっぱいに充満している。
私はしばらく周囲を観察した後、作業を進めながら自分なりに効率のいい動き方を考え始めた。元経営者の習性というやつで、どうしても「改善点」を探してしまう。そして少し、工夫してみた。
そこに飛んできたのが、あの一喝だった。
「誰に言われた、こんなことを!」
正直に言う。
あの瞬間、私の中に住む別の自分が、静かに立ち上がりかけた。
殴れば、倒せる。
体格の差、腕力の差——純粋に生物としての強弱だけで言えば、私が圧倒的に優位だ。
しかし私はその日、何もしなかった。
できなかった、ではない。しなかった。
なぜか。
私は今日から、ここの新人だったから。
カレンダーに印を付けていたわけではないが、私の魂がその重荷を降ろすのに、それだけの月日が必要だったのだ。

最初の数ヶ月は、毎日のように心の中で誰かと戦っていた。
三十代のリーダーに、五十代の同僚に、時には自分自身に。
「本来の自分はこんな場所にいる人間じゃない」という声が、耳の奥でずっと鳴り続けていた。
職を失った五十代、定年を迎えた六十代——派遣現場には、似たような目をした人たちがたくさんいた。
みんな心のどこかに、まだ捨てきれない何かを抱えていた。それが表情に出る。動きに出る。
プライドは、案外、体に染み付いている。
一年が過ぎた頃、ある朝ふと気がついた。
心の中の映画が、上映されなくなっていた。
怒鳴られても、顎で使われても、ただ「はい」と言って動いている自分がいた。それは諦めではなかった。屈辱でもなかった。
なんというか——軽かった。
長い間、重い荷物を背負って歩いていたのに、それをようやく道端に置いてきた、そんな感覚だった。
あの三十代の派遣現場の担当者は、今どこで何をしているだろう。
たぶん私のことなど、一秒も覚えていないと思う。
でも私は覚えている。あの一喝が、私の第二の人生の、最初の授業だったから。
猿の真似から始まった十年は、元社長業では絶対に手に入らなかったものを、私にたっぷりと与えてくれた。
それが何かは、また別の話で書くことにする。
<著者注>
このエッセイは、五十代後半から約十年間、あらゆる派遣仕事を経験した筆者の実話を元にしています。シリーズとして続きを書く予定です。
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