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【短編】かわいいピンクが消えた

その村にいたのは、ショッキングピンクの生き物だった。ピンクの毛並みに、紫色の瞳。そして、器用に尾を使って木に登るその姿は、まるで森の精霊のように見えた。
「カラームー」
小さな村の人々はそう呼び、代々静かに見守ってきた。けれどある日、世界はその“かわいい存在”を知ってしまった。
人々は群がり、そして……村と、ピンクの影は、消えた。

  * *この物語は約10分で読めます* *


 それは、レッサーパンダによく似た、愛らしい生き物だった。
ただし、その毛色はショッキングピンクというインパクトのある見た目だった。目は深い紫色で、しっぽは驚くほど器用に動く、
その愛くるしい仕草は、見る者すべてを魅了した。

 この生き物は、密林に囲まれた小さな村では、
はるか昔から、当たり前のように人間と共に生きてきた存在だった。

 現地では、「カラームー」そして群れのボスは「カラーリーム」と呼ばれていた。

 今回、この地にやって来た、調査隊の研究によれば、この生物はその村の周辺にしか生息しておらず、確認された個体数は、わずか三十ほどだという。

 調査団の団長は、その神秘的な美しさに心を奪われ、
愛着を持ってこう名づけた―「ピンクプリティ」と。

 尻尾を使って器用に、木々の間を移動する姿を収めた動画は、
まるで絵本の世界のようだった。
 その映像は瞬く間に拡散され、世界中のネットユーザーの目に留まった。

 調査団は、生息地の詳細を明かさないよう努めていたが――
いわゆる「特定厨」たちの手にかかれば、判明するまではあっという間だった。

 画像の木の種類が特定され、その生息地データと背後の山並み、特徴ある大岩、方角、光の入り方など。そのすべての情報が照合されると、可能性のある場所はひとつ…ボウコクと呼ばれる赤道直下にある小さな国の密林、
無名の小さな集落周辺であると特定されてしまった。

 そして――ライトとスマホ、マイクや収録の機材を担いだインフルエンサーたちが、あっという間に、密林の奥を目指したのだ。

 雇われた首都圏のガイドたちは、四輪駆動の車を駆使して、密林の道なき道を進んだ。

 アトラクションのように、ガタガタ道を跳ねる車をものともせずに、
インフルエンサーたちは笑顔でライブカメラを掲げながら、その一部始終を配信していた。

 やがて、彼らは目的の地――名前もない小さな村へと到着した。

 そこは20世帯ほどの集落。見知らぬ者が一度に押し寄せたことで、村人たちは戸惑い、困惑の色を隠せなかった。

 ガイドと通訳は、懸命に意思疎通を試みたが、この地特有の訛りや言い回しに、しばし苦戦した。

 それでも時間をかけて、彼らは少しずつ聞き出していく。
―-ピンクの生き物が来るのはこの村であること
――調査団はすでに帰っていること
――ピンクプリティが現れるのは、朝日が差し込む時間帯であること
――この村の外れにある巨木のそばを通るということ

 そして、この村の村長は、その時間に合わせて、「森の精霊」カラームーたちのために、ヤシの実に似た固い果実を、祭壇のようにした餌場に用意するのだという。
 その実は「ヤイダナ」と呼ばれていた。
かつてこの地で財を成したが、後に村を滅ぼしたとされる悪霊と、同じ名を持つ果実。それは、富(内側の果実)を独り占めするかのように、外皮が固いことが、そう呼ばれる由縁だ。

 ヤイダナの殻はとにかく固い。
石やナイフでは歯が立たず、矢も跳ね返すと言われたほどだ。しかし、カラームーは、いともたやすく噛み砕くのだ。
 その歯は神に選ばれし者の証とされ、村人たちはカラームーを神の使いと信じ、交わることなく、崇拝していた。

 カラームーが残していったヤイダナの中身は、白濁した甘い果汁に満ち、果肉は栄養価が高かった。子どもたちにとってはもちろん、村人の大切なごちそうだった。

 やって来たインフルエンサーたちは、当然のように、密林の中ではなく、村での宿泊を希望した。

しかし、もちろん、そんな施設はない。

 ガイドたちは手分けして、村のあちこちに彼らの持ち込んだテントを張った。
 彼らは夜通し配信を続け、笑い声を上げていた。

静寂のない夜―それは、村人たちにとって、初めての経験だった。

 翌朝。
空がわずかに明るみはじめる頃、森の奥から、いつもの群れが現れた。

 先頭を歩くのは、ボスの「カラーリーム」。
続いて、十頭ほどのカラームーたちが、一列に並んで、ゆっくりと四つん這いでやってくる。
 朝日に照らされた毛並みは艶やかで、拡散された動画以上に美しかった。

それを最初に見つけたガイドが、インフルエンサーたちを呼びに駆け出した。

 村中のテントが一斉にざわめき、機材を抱えて飛び出してきた。

 村人の用意した餌場にはヤイダナが積まれていた。その餌台の前にカメラを設置していた者は、固い殻をばりばりと噛み砕くピンクプリティの姿を、近距離で撮影することに成功した。

 その映像はすぐにネットで拡散され、
「可愛い」「野生みすごい」「これは神」といったコメントが、次々と、秒で追加されていった。

 配信しながら、現場に駆け付けたインフルエンサーたちは、実況を続けながらどんどん群れに近づいていった。

 驚いたピンクプリティたちは、あっという間に大きな木の上へと逃げた。

ぬいぐるみのような外見とは裏腹に、その動きは俊敏で、長い尾を器用に巻き付けながら、するすると枝を伝う姿は、どこか神々しささえ漂っていた。

その映像は――またたく間に、世界中へと拡散されていった。

 満足のいく映像を撮り終えたインフルエンサーたちは、次なる「映え」を求めて、あっという間に村を後にした。やって来た時と同様だった。
 彼らは何の断りもなく、テントと、持っていたお菓子を村の子ども達に進呈し、さらにゴミを置き土産に帰って行った。

 しかし、村人たちの困惑は、それで終わりではなかった。

 入れ替わりのように現れたのは、その“バズり画像”に惹かれてやって来た、無数の観光客たちだった。

 急激な観光客の増加に対応するために、首都圏からのアクセス改善に、密林を横切るように道が整備され、四輪駆動車でなくとも移動できるようになった。
 観光ガイドたちは、村人に紙幣を手渡し、「手伝ってくれ」と言った。

 最初は、見慣れぬ紙切れに戸惑っていた村人たちも、街からやって来た商人とのやり取りを通じて、その“価値”をすぐに知ることになった。

 村の風景は、静かに、だが確実に変わっていった。

 色鮮やかな布を身にまとうだけだった簡易的な民族衣装は、やがてTシャツと短パンに置き換わり、草で編まれていた草履は、カラフルなゴム製のサンダルに変わった。

 ピンクプリティたちはというと―観光客の増加にともない、村を通る群れの数は徐々に減った。

 けれど、ボスのカラーリームが率いる数匹だけは、変わらず、朝の光に合わせて姿を見せ、ヤイダナを砕いてくれていた。

 観光客たちは「ショー」が終わると満足し、餌場の前で写真を撮り、
村の中央に新たにできたスタンドでアイスクリームを買い、コーラを飲みながら語り合った。
 村の子ども達はかわいく笑いかけ、観光客からおこぼれをもらうことを覚えた。

 かつて、密林の奥にあるこの村にたどり着くには、街から半日以上の山歩きが必要だった。だが今では、舗装された道を通れば、車でわずか三時間――首都圏からでも日帰りで訪れることができるようになった。
 ボウコクは「密林道路通行料」の徴収を始めたが、観光客たちは文句も言わずに払って行った。

 やがて、「村人」と呼ばれていた人々は、もう“村人”ではなくなった。
言葉のなまりは緩和され、服装や振る舞いも、街の人々と変わらないようになった。

 丸太と大きな葉を重ねて作られていた高床式の住居には、
発電機が設置され、テレビや冷蔵庫が運び込まれた。

 車はまだ村長の家にしかなかったが、各家にはスクーターが並ぶようになった。近々、インターネットの設備もそろうという話だった。

 ガイドの提案で、村への入場には料金がかかるようになり、宿泊を希望する者には、有料でテントが貸し出された。

 かつては地面に落ちたまま、誰も手を触れなかったったカラームーの体毛は、ゴールドの飾りを付けて加工され、今や“特製お守り”として人気のお土産になり、高値であったが飛ぶように売れた。

 街の食べ物の味を覚えた村人たちは、段々にヤイダナへの関心が薄れて行った。かつて、村で手に入る唯一の「甘味」であったため、村人たちは危険を冒してでも密林に入り、祭壇に置くためのヤイダナを運んでいたのだ。
 しかし、今でも、もっとうまいものが危険なく手に入るのだ。

 ヤイダナを祭壇に運ぶのは、もう、村長と数人の老人しかいなかった。

「なあ、ピンクプリティはどこで買えるんだ?」

 ある日、富豪を連れてやってきたガイドが、村長にそう尋ねた。
手にはタブレットを持ていて、その画面には、見覚えのない景色が映っていた。
 青一面に広がるネモフィラの花畑を、きれいな毛並みのピンクプリティが駆け抜けていた。

「いや……それはダメだ。返してくれ!」

村長は訛り混じりにそう言ったが、ガイドは笑って首をすくめた。

「そう言われても、うちのボスは欲しがってるんだよ。
まだ持ってないから、連れて帰りたいんだってさ。ボスは金持ちだぜ」

 その映像を皮切りに、観光客たちの様子が変わった。
これまでの来訪者は、少し強引な撮影こそあれ、満足のいく映像が撮れれば、それで帰っていった。

 けれど…今は違う。
 がっしりとしたガイドを複数引き連れた金持ちの観光客が増え、その目的は明らかに―ピンクプリティの捕獲、密猟だった。

 そして、ある日、ついにあのカラーリームまでもが、姿を見せなかった。

 ピンクプリティの群れが来なくなって三日。しびれを切らした観光客の数は減りはじめ、一週間後には、あれほど賑わっていた村が、まるで水を打ったように静まり返った。

 宅配便が一日一回、荷物を持ってやってくる。
そのついでのように「ピンクプリティは来たか?」と尋ねる。ガイドに頼まれた小遣い稼ぎだろう。

 村長や長老は、この状況を相談のために、都心部へむかった。

 今では、カラーリームの餌場には、ヤイダナの実はなかった。村長たちに代わって、姿を見せないカラームーのために、密林へ採りに行く者はいなかった。
 そして、気休め程度に、安価なビスケットが無造作に置かれていた。

 その後、ピンクプリティが消えたと知った調査団が騒ぎ立てた。
「盗まれた」「絶滅の危機だ」――現地警察に訴え、国際問題化を懸念した本国が徹底調査を行った。

 そして、驚くほど早く“犯人”が見つかった。

それは…隣村の住民だった。

 大富豪が雇ったガイドに頼まれ、罠でピンクプリティを捕まえたのだという。
驚くべきことに、彼らは、報酬は受け取っていなかった。紙幣の意味を知らない彼はただ、急に豊かになった隣の村が妬ましく、そのきっかけとなったピンクの生き物が憎かったのだ。

 罠にかかったピンクプリティたちの多くは、すぐに命を落とした。
けれど、死体でさえ資材として高値で取引され、運良く生きていた個体は、闇のオークションにかけられた。

 そして、この貧しい国の国家予算にも匹敵する金額で落札されたという。

だが――追跡調査の結果、全ての個体がエサに馴染めず、短期間で衰弱死していたことが判明した。残されたのは、剥製と毛皮だけだった。

 都心部から戻った村長は、変わり果てた村を見つめていた。

 かつて、朝日を背に、森から姿を現したカラームーたちの姿は、もうない。ヤイダナをかみ砕くカラーリームの咀嚼音が聞こえるほどの、あの静寂の時間はもう、決して戻らないだろう。

 今ではスクーターの音と、テレビの喧騒が響き、観光客たちから覚えたミームを、村の子ども達が大声で歌っている。

それでも――この生活を維持していく手立ては、もう残されていなかった。

 村人たちの喉を潤していた清流には、観光客が捨てたゴミが流れ、用を足す者すらいたため、今では飲み水を得るには、街で金を払って水を買うか、さらに密林の奥、川の上流まで行かねばならない。

 コーラやスナック菓子の味を知った村の若者たちは、もう、ヤイダナの代わりに、砂糖の木の皮を剥いでしゃぶることなどしないだろう。
 それに…自分たちではヤイダナの実をわることさえできないのだ…。

 その翌朝、東の空に太陽が昇りはじめたとき、村はずれの餌場の木が、シルエットになって浮かび上がった。

 その枝に―ピンクの影が見えたような気がした村長は、目をこすった。
……だが、それは紅葉した赤い葉だった。

村長の足元には、潰れたコーラの空き缶が転がっていた。

 願わくば、どこかに身を潜めて生き延びたカラームーが、
いつの日か、再びこの村に戻ってきてくれますように…。

 村長はそっと斧を手に取り、ひとり、密林へと入って行った。
あの硬い木の実を採り、今日も祭壇に捧げるのだ。
いつかやって来る、ピンクの森の精霊を迎えるために――。



★最後までお読み頂きありがとうございます★

私は、動画もコーラも大好きです。
けれど、時々ふと、思ってしまうんです――「昔はよかったな」って、でも今の方が断然快適。

便利さや楽しさの裏で、何かが静かに失われていく。
そんなジレンマを、森の精霊カラームーを通して書いてみました。もちろんフィクションです。

もし、物語の中にほんの少しでも、あなたの心に響くものがあったなら幸いです。

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