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【哀切の首長美人】アメデオ・モディリアーニ『ジャンヌ・エビュテルヌの肖像』。大原美術館に佇む、哀しくも美しい純愛の記憶

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今回は、エコール・ド・パリを代表する夭折の天才画家、アメデオ・モディリアーニが1919年に制作した、彼の芸術の結晶とも言える名作『ジャンヌ・エビュテルヌの肖像』を紹介するよ。 この胸が締め付けられるほど切なく、圧倒的な個性を放つ肖像画は、岡山県倉敷市の「大原美術館」に所蔵されているのだね。美しい美観地区の中で、いつでも本物の放つ独特のオーラに触れることができるのだ。

『ジャンヌ・エビュテルヌの肖像』

絵の中に描かれているのは、モディリアーニが命をかけて愛した最愛の女性、ジャンヌ・エビュテルヌ。一目で彼の作品だと分かるあの独特の造形に隠された、二人の壮絶な愛のドラマをひもといていくのだ。

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魂を見つめるために塗りつぶされた「青い瞳」

この絵を初めて見た人は、まずそのあまりにも独特な人物の形に驚くはずなのだ。 まるで白鳥のように引き伸ばされた長い首、なだらかに傾いた面長の顔、そして何よりも、瞳孔が描かれずに淡いブルー一色で塗りつぶされた、アーモンド形の「目」が強烈な印象を残すのだね。

実はモディリアーニは、生前こんな言葉を残しているのだよ。 「私があなたの魂を知ったとき、私はあなたの瞳を描くだろう」

彼にとって、目の前の人間をただそっくりに写生することは重要ではなかったのだね。ジャンヌの肉体をあえて引き伸ばし、瞳を隠すことで、彼女の内面にある純潔さや、静かな哀愁、そして言葉を超えた二人の深い精神的結びつきを表現しようとしたのだ。この冷たい青色の目は、どこか現実の向こう側にある未来を見つめているようにも感じられるのだよ。


破滅型の天才を支え続けた、美しき恋人ジャンヌ

モデルであるジャンヌ・エビュテルヌは、非常に裕福な家庭で育ち、自身も絵を学ぶ美術学生だったのだ。彼女が19歳のとき、当時パリのモンパルナスで売れない画家として極貧生活を送り、お酒や薬物に溺れていたモディリアーニと出会い、恋に落ちたのだね。

ジャンヌ・エビュテルヌ

厳格なジャンヌの家族は当然、この破滅的な恋に大猛反対したけれど、彼女は家族を捨ててモディリアーニと共に生きる道を選んだのだ。 この絵が描かれた1919年は、出会いから数年が経ち、二人の間に子供も生まれ、モディリアーニの病状がじわじわと悪化していた緊迫の時期だったのだよ。茶色いセーターに身を包み、お腹の前で優しく手を組むジャンヌのポーズからは、どんな苦難があっても彼を支え続けるという、静かだけど揺るぎない覚悟が伝わってくるのだね。


翌年に訪れた、あまりにも早すぎる二人の最期

この絵が完成した翌年の1920年1月、モディリアーニは結核性髄膜炎によって、わずか35歳という若さで帰らぬ人となってしまうのだ。

最愛の夫であり、自分の世界のすべてだった芸術家を失ったジャンヌの絶望は、僕たちの想像を絶するものだったのだね。彼女はモディリアーニが亡くなったわずか2日後、彼のお墓を追うようにして、実家の5階の窓から身を投げて命を絶ってしまったのだ。当時、彼女の命には二人の二人目の赤ちゃんが宿っていたという、あまりにも悲劇的で壮絶な幕切れだったのだよ。

大原美術館の静寂の中でこのキャンバスと対峙すると、お互いの魂をぶつけ合って生きた二人の、永遠の愛の残り香が、100年以上の時を超えて胸に突き刺さるのだ。


🎨 「ずんだもん美術館」のあとがき

ただのデフォルメされた不思議な絵ではなく、モディリアーニとジャンヌの生きた不器用で、だけどこれ以上なく純粋な愛の軌跡が刻み込まれた『ジャンヌ・エビュテルヌの肖像』。 彼らの生涯を知った後で、もう一度このおだやかに傾いた彼女の顔を見つめ直すと、塗りつぶされた青い目が、まるで何か温かい涙を湛えているようにも見えてこないかな?

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