あちら側とこちら側。その点線に吹き溜まるわたしと息子。
自分がそちら側になるかなんて、分からない。そもそも境界線はなくて、一瞬で超えられるのかもしれない。
いつだって安全な席に座り「自分には関係ない話だ」と誰かをあざ笑いしていたわたし。
それは小さな罪となり、いま自分に降りかかっている。
◇
スマホの先には、ある一件のニュース。わたしは中指の爪をギリギリと前歯で噛みながらスクロールしていた。
「爪を噛むのはやめなさい。みっともない」幼少期の頃から母に言われたけれど、この癖だけは親になっても変わらない。
表示されたのは、加害者である母親の名前。声にだしてそっと読み上げたのは自分の名前と似ていたから。母音が。文字から漂う退廃的な雰囲気が。
頭の中のわたしは、今にも切れそうな糸で綱渡りをしている。その糸がもし切れてしまったら、「子供を傷つけない」と胸を張って言えるだろうか。
だって今この瞬間、金切り声をあげながら子供が転げ回っているのだから。
こんな時あの母さんならどんな対応をする?砂場の周りをママ同士で囲んで、にこにこしているお母さんたち。
スマホに流れるニュースは未来の自分を映しているようで、手を震わせながらわたしはタップした。
癇癪のきっかけはなんてことない。息子の好きなお菓子、おにぎり山の在庫を切らしてしまったのだ。
代わりのサラダせんべいだと嫌だという。どうして、昨日買ってこなかったんだろうか。自分の計画性のなさにげんなりする。
とりあえずの言葉を並べて、息子をなだめる。強く背中を擦るが、彼のボルテージは上がる一方だ。
でも、ふと思う。痛みを与えてでも躾をした方がいいのだろうか。でも二次障害や、加害に走ってしまったら。
金切り声が部屋いっぱいに響くと、酸素が足りなくなる。換気扇を回さず、水分が一滴残らずパスタを茹で続けたようだ。次第に思考の穴を塞がれ、循環しないまま吹き溜まっていく。
どこかにおにぎり山があるかもしれない。わずかな望みでキッチンの棚に手を伸ばした瞬間、泣き声が悲鳴へと変貌した。わたしの手がビクッとして、滑らせたボックスが額に突き刺さる。
「うるさい!!!」
たったそれだけのこと。それなのに気づいた頃には息子の口を数秒手で覆った。
1、2、3。瞳孔が開く感覚が自分でも分かった。
彼は涙を溢しながらわたしの目を見る。信じられている人に裏切られた、そんな目で。自分の手が湿っていく。この子は幸せになるために生まれたはずなのに。少なからずこんなことをされる為ではない。
すぐに息子の口から手を離した。透いた鼻水で絡み合う指と指。目に入るのは亀裂が入った中指の爪。わたしはそれを親指を立ててガシッと裂いた。爪から流れる赤い血をみてなんとか踏みとどまれた。
◇
あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。天井のシミを数えながら横になるわたしの上に、息子が助走をつけてまたがってきた。口周りについた、サラダせんべいの塩気をペロッとしながら。
ふと、テーブルの上に置かれた新聞紙を手に取る。月に1回ポストに投函される「目黒区民たより」だ。わたしはそれを乱暴にちぎって、ぎゅっと握り宙にほうり投げた。もう、ただの当てつけだった。
「ケタケタケタ」
息子が妖怪小僧のように笑った。
必死に手を伸ばして、目を輝かせる姿は、手に取ったら溶けてしまう雪のように美しく見えた。その姿をもう一度みたくて、わたしは新聞紙をぽんと投げる。中指から滲む鮮血を紙に吸わせながら。
ひたすら笑い転げる息子。それからも私たちは夢中になった。紙切れをひらひらさせたり、転がったビー玉を探すように必死に集めた。
わたしは血を滲ませながら。
息子は塩気をつけながら。
大の字に寝転びながら、雪を浴び続ける。起き上がって自分の背中を払うと、右手には固くなった納豆、髪の毛、埃でいっぱいになった。
その汚れた手で、きゃっきゃ笑う息子を抱きしめて、互いの体温を確かめ合う。
ああ、そうだ。大それたことをしなくて、こんな事でいいんだ。
やさしいお母さんとか。理想の子育てとか。そんな言葉に囚われていたけれど、わたしはわたしのまま彼の隣にいればいいんだ。
そこにある何かで、君を沢山笑わせようか。沢山抱きしめようか。棚に飾ってある、代官山で少し背伸びして買った、ボーネルンドのルーピングには埃がかかっていて。
出産前に食いつくように見たモンテッソーリの本は一度も開いてない。育児書には必要なアドバイスは一言も載っていなかった。
きっと、こんなことの繰り返しなのだろう。だとしても互いの体温を感じながら、時には地獄を感じながら、目の前にある幸せを見つけに行こうか。
一つだけ分かったことがある。
あちらとこちら。その境界線は真っ直ぐなラインではなく点線だった。点と点とのわずかな空間に、わたしはなんとか吹き溜まっている。
